8.失火責任法と工作物責任(民法717条)との関係

この点、学説は百花繚乱を呈しているが、裁判例は以下の6つに分類・整理されている。

(1)失火責任法が適用され民法717条の適用はないとするもの
大判明40年3月25日民録13輯328頁、大判大4年10月20日民録21輯1729頁等。


(2)民法717条に失火責任法をはめ込み、工作物の設置、保存に瑕疵があり、それが所有者又は占有者の重大過失による場合のみ責任があるとするもの。
たとえば、工作物の設置保存の瑕疵によって火災が生じた場合には、民法717条と「失火ノ責任ニ関スル法律」が共に適用され、従って、工作物の設置保存に瑕疵があり、その瑕疵が重大な過失に基づくとき、この瑕疵によって生じた火災の損害に対し、工作物の占有者または所有者は賠償義務を負担することになるとした大阪高判昭44年11月27日判タ244号167頁。
その他大判昭和7年4月11日民集11巻609頁、大判昭和8年5月16日民集12巻1178頁等。


(3)民法717条が適用され失火責任法の適用はないとするもの
 例えば、配電会社が送電のため架設した電路の保存に瑕疵があるため火災を起したときは、配電会社は、右電路の占有者または所有者として民法717条により責任を負うべきで、この場合には「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用はないとするもの(東京高判昭31年2月28日高民集9巻1号130頁。ただし、最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁がこの点と異なる理由で破棄しており、また、判評153号135頁がこれを下記(4)と分類していることに留意が必要。)
 その他、この流れに属すると思われる裁判例としては、東京地判昭和35年5月11日法曹新聞154号11頁、大阪地判昭和50年3月20日判時797号125頁、東京地判昭和55年4月25日判時975号52頁、京都地判昭和59年10月12日判タ545号191頁、東京高判平成3年11月26日判時1408号82頁、東京地判平成5年7月26日判タ863号232頁、那覇地判平成19年3月14日自保ジャーナル1838号161頁等がある。


(4)工作物の瑕疵から直接生じた火災については民法717条により、延焼した部分については失火責任法の適用を認めるもの
 土地の工作物から直接生じた火災にもとづく損害賠償責任については民法七一七条一項を適用し、これから延焼した部分にもとづく損害賠償責任については失火責任法を適用すべきものと解するのが相当とした上で、火災が起るについて占有者に重大な過失があったか(下記(5)と異なり、「設置保存の瑕疵」が「重過失」によって起こったかという問い方をしていないことに注意)を検討した事案(仙台地判昭和45年6月3日判タ254号271頁)。
 その他、判例タイムズ503号74頁の分類では、東京地判昭和40年12月22日判タ187号181頁、仙台高秋田支判昭和41年11月9日下民集17巻11・12号1051頁も含まれるが、これらは、それぞれ、「少なくとも工作物の設置、保存の欠陥から直接生じた火災については失火責任法の適用はないものと解するのが相当である」「工作物の設置保存の瑕疵に基づく火災により直接受けた損害については少くとも「失火ノ責任ニ関スル法律」を適用しない」としたもので、延焼部分について、どのような対応とすべきかについて明言したものではない(つまり(4)か(5)か必ずしも明らかではない)ことに留意が必要であろう。類似のものに、新潟地判昭和58年6月21日判タ508号175頁。
 なお、判例タイムズ768号186頁は横浜地判平成3年3月25日判タ768号186頁も(4)に該当するとするが、この解説では、下記東京地判昭43年2月21日判タ224号229頁をもまた(4)に分類していることに留意が必要である。


(5)工作物の瑕疵から直接に生じた火災については民法717条を適用し、延焼した部分については民法717条に失火責任法をはめ込み、工作物の設置保存の瑕疵が所有者又は占有者の重過失によるときにのみ責任を負うとするもの
判例タイムズ503号74頁及び判例タイムズ545号191頁によれば、東京地判昭38年6月18日下民14巻6号1164頁及び東京地判昭43年2月21日判タ224号229頁がある。


(6)工作物の設置、保存の瑕疵によって火災が発生、拡大した場合においても、工作物がそれ自体火気を発生する等火災予防上特に著しい危険性を持つときを除いて失火ノ責任ニ関スル法律の適用はあると解するもの(東京高判昭和58年5月31日判タ503号74頁)。(なお、これを上記のいずれにも該当しない第6の類型とするものとして判例タイムズ503号74頁)
なお、出火燃焼し易い工作場から出火したことによって、隣家に及ぼした損害については、失火の責任に関する法律の適用は排除されるものと解するのが相当であるとした東京地判昭和45年12月4日判時627号54頁参照。