東京地判平成27年3月31日(マクロス事件)

主文

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 被告は,原告に対し,273万7954円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告に対して,印刷を発注したステッカーの印刷結果について,色味が赤黒くて濃すぎであったことが債務不履行であるとして,債務不履行に基づく損害賠償273万7954円(ステッカーの印刷やり直しに要した費用)及びこれに対する訴状送達日の翌日(平成25年1月19日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
第3 前提となる事実(次の事実は,各事実の末尾に記載があるものは,同証拠等により認められ,その他はいずれも当事者間に争いがない。)
 1 原告の被告に対するステッカーの印刷の発注
  (1) 原告は,平成24年4月5日ころ(以下,平成24年については,年の記載を省略する。),被告に対し,代金38万4000円で,別紙のステッカー(甲23,乙2。以下「本件ステッカー」という。)について,次の数量の印刷を発注し(以下「本件発注」という。),被告はこれを受注した(以下「本件印刷契約」という。)。(争いがない)
 165mm×200mm両面カラー印刷 900枚
 165mm×200mm表面カラー印刷,裏面グレー1C 670枚
  (2) 被告は,原告から本件ステッカーの見本のデータ(甲23,乙2。以下「本件見本データ」という。)を渡され,2回の簡易色校正を経て,本件ステッカーを下請である有限会社光和印刷(以下「光和印刷」という。)に印刷させた(以下「本件印刷」という。)。原告は,2回目の簡易色校正の際,「中部国際空港セントレア特設会場」の文字(以下「会場文字」という。)について,「オレンジを少し強く」あるいは「オレンジを少し濃く」するよう指示をした(以下「本件指示」という。)。(争いがない。ただし,本件指示の内容は「強く」か「濃く」で争いがある。)
  (3) 被告は,4月24日ないし同月26日,原告に対し,本件ステッカーの印刷成果物(甲1の1・2,乙1。以下「本件納品ステッカー」という。)を納品した。(納品日は争いがあるが,その余は争いがない)
  (4) 被告は,5月9日,原告に宛てて,概ね次の内容の「不良ステッカーのお詫びと御報告」と題する書面(甲3。以下「甲3書面」という。)を交付した。なお,ウは,手書きで,被告の「会長」であるC(以下「C」という。)名義で付記されている。(争いがない)
   ア 光和印刷の説明によると,透明度の弱いUVインクを使用したことにより,インクが厚く乗りすぎたため,濃くでてしまい,普通のインクを使い,表面にかけるラミネートをUVラミネートにすれば良かったと申しております。
   イ 工場出荷段階で確認しましたが,色合いが濃いとは思いつつ,納期のこともあり,送らせていただきました。代替品を早急に納品すべく信頼できる印刷業者を当たりましたが見つからず,御社にその後を託してしまい,心からお詫び申し上げます。
   ウ 今後の対応について,御社からの請求に対して,早急に御支払をさせていただきます。
  (5) 原告は,5月31日,被告に対し,マクロスステッカー緊急政策・加工対応一式及び諸経費(納品時交通費を含む)として,304万5000円を請求した。(争いがない)
 2 本件ステッカーの目的・用途
  (1) 6月1日から同月3日まで,中部国際空港セントレア特設会場において,マクロス30周年プロジェクト「マクロス超時空展覧会」が開催された。株式会社ビックウエストによって製作されたアニメ「超時空要塞マクロス」(以下「マクロス」という。)のテレビ放送スタート(昭和57年)から30周年を記念する大型イベントが,東京,名古屋,大阪で開催され,上記展覧会は名古屋で開催するための宣伝プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)であった。(甲21の1ないし3,28)
  (2) 本件ステッカーは,JR東海近畿日本鉄道などの電車を広告媒体として,その窓やドアに貼付されることになっており,原告は,株式会社ビックウエストフロンティア(以下「ビックウエストフロンティア」という。)から,本件ステッカーの印刷を受注し,本件見本データを受領した。(甲20,23ないし25,証人D・35ページ)
 3 印刷に関する用語,印刷の技術内容について
  (1) 本紙校正と簡易色校正(乙33ないし35,39)
   ア 本紙校正とは,最終的な印刷媒体と同じ素材に,最終的に印刷するのと同じインク,同じ印刷方法で印刷した見本を用いた校正であり,微妙な色味の確認も可能であるが,時間も費用もかかる。
   イ 簡易色校正とは,最終的な印刷媒体と同じ素材を用いた印刷は行わず,パソコン上の画面のみで,あるいはダイレクト・デジタル・カラー・プルーフィング用の印刷機,出力紙,インクを使用して行う校正であり,印刷に使用するインクや用紙が,実際に印刷する場合とは異なるので,色合いが若干変わってしまうことは避けられないが,費用が安く時間もかからない。
  (2) 4原色(甲37,乙27,30)
 印刷で使用される色は,4原色とされるシアン(青),マゼンダ(赤),イエロー(黄),ブラック(黒)の4つである。
  (3) インクジェット印刷とオフセット印刷(甲31の2,32の2,乙27ないし30,40,41,49)
   ア インクジェット印刷は,パソコンからオンデマンド印刷機に直接データを送信し,デジタルデータをそのまま印刷する方法である。オフセット印刷のように,刷版等を作成する必要がないので,印刷時間は短縮することができるが,大量の複製ができないため,割高になる。
   イ オフセット印刷のフルカラー印刷物は,シアン,マゼンダ,イエロー,ブラックの4色のインキのそれぞれの版が重なり合って,無数の小さな網点(ドット。肉眼ではドットであることは識別できない。)が印刷され,フルカラーが再現される。


第4 争点及び争点に関する当事者の主張
(中略)

第5 当裁判所の判断
 1 証拠(各事実の末尾に記載),前記第3の前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 本件発注から本件納品ステッカーの納品まで
   ア 原告は,ビックウエストフロンティアから本件ステッカーの印刷及び電車内広告を請け負った。広告代金は,ステッカーを貼付する予定の各鉄道会社によりあらかじめ標準料金が定められており,印刷代金は,原告が,印刷業者の見積を取って決めることとなった。(証人D・34ないし37ページ)
   イ 原告は,3月21日ないし同月22日及び4月2日(後日枚数が変更になったため再度見積を依頼した。),被告に対し,本件ステッカーの仕様を伝えて見積を依頼したところ,次のとおりの見積結果であったため,ビックウエストフロンティアとの間での代金を決めて,本件発注をした。原告は,その際,本紙校正は不要であり,簡易色校正のみでよいとしていた。印刷方法は,原告からの指示は特になかったが,被告は,1570枚という枚数からして常識的にオフセット印刷での見積を出し,当然,原告も従前の取引からオフセット印刷となることは理解しているだろうと考えて,オフセット印刷前提で受注した。(甲25,乙3,32の2・3,39,証人D・2,37ページ,証人C・5,6,32,33ページ)
 (ア) JR東海ドアステッカー165×200両面印刷
 670枚 16万9000円
 (イ) 近鉄ドアステッカー165×200両面印刷
 900枚 21万5000円
 (ウ) 合計38万4000円(税抜),簡易色校正2回目は5000円増
   ウ 原告は,4月5日,本件見本データを被告に送付し(入校),原告は,同月6日,1回目の簡易色校正(無料・データ上の修正)による校正紙を受け取り,ビックウエストフロンティアに持参したところ,一番下の赤帯部分の赤の色が少し薄いと指摘されたため,修正の指示を被告に伝え,2回目の簡易色校正(費用5000円・データ上の修正)をすることになった。原告は,4月10日,被告から2回目の簡易色校正による校正紙を受け取り,ビックウエストフロンティアに持参すると,赤帯の濃さは修正されたが,会場文字だけオレンジを少し強く,あるいは濃くしてもらいたいという指示があり,これを被告に伝え(本件指示),原告としては,3回目の簡易色校正は不要として,同月16日,校了した。原告が,3回目の簡易色校正をしなかったのは,本来はするべきであるが,納品日に間に合わないおそれがあるので省略してよいと考えたためであった。(甲24,25,49,乙3,39,証人D・4,5,39ないし42,46,47ページ,証人C・24,25,34ないし36ページ)
   エ 被告は,上記の2回の簡易色校正にあたり,本件見本データを光和印刷に送信し,光和印刷は取引先業者(以下「校正屋」という。)に送信し,簡易色校正の都度,簡易校正紙を作成してもらい,色校正紙は,校正屋から光和印刷,被告を通じて原告に渡された。被告は,各簡易色校正の際,原告から修正の指示を受けると,これを光和印刷に伝え,光和印刷は校正屋に連絡して,校正屋は本件見本データを修正して,色校正紙を作成した。(甲45,乙39,証人C・24,34ないし36,43ページ)
   オ 色校正が完了(校了)すると,これを元に,光和印刷の取引先業者が刷版を作成し,光和印刷は,同刷版をもとにオフセット印刷を行った。光和印刷は,本件指示に対しては,原告は3回目の簡易色校正はしないとのことだったので,校正屋から交付された色校正紙を参考に,インクの濃度を調整した。本件指示の「少し」の程度は,抽象的な言葉のみのもので,具体的なサンプルを示すなどの方法により色味を表すものではなかったため,どの程度濃くなるかについては,出来上がってみないと不明というところもあった。会場文字のオレンジを少し強くあるいは濃くするためには,マゼンダの割合を多くする必要があり,会場文字以外の部分もマゼンダが濃くなるので,バランス上,シアン,イエロー,ブラックも濃くする必要があり,試し刷りの結果,本件納品ステッカーが印刷された。被告は,簡易色校正でデータを修正するのではなく,データはそのままで,インク調整により,色の濃さを調整する場合は,修正した部分以外も含め,全体として濃くなることは理解していたが,被告からすれば,原告は,簡易色校正のみで終わらせ,本紙校正を希望せず,印刷成果物は,出来上がってみないと,どの程度の濃さになるか不明で,色の修正程度については具体的に説明できるものでもなかったし,原告との取引において過去にも同様の方法による修正をしたことはあり,原告以外の他の客の場合も,簡易色校正だけの場合は,最終的な印刷物の色味が校正紙と異なることはあっても,すべて理解の上で納得を得られていたので,原告の場合も同様の理解と納得の上で本件指示をしたものであると考えて,そのまま光和印刷に本件指示を伝えただけにとどまった。(甲45,乙39,証人C・25ないし27,31,32,34ないし37,43ページ)
   カ 被告は,4月24日ないし同月26日,本件納品ステッカーを納品した。(日を除いて争いがなく,日は上記のいずれかであるが,証拠上不明)
   キ 原告は,本件納品ステッカーについて,発注元であるビックウエストフロンティアに確認することもなく,独断で「不良ステッカー」であると判断した。「不良ステッカー」であるとする根拠は,簡易色校正紙又は入校データと比較して,全体的に赤黒い,文字(テキスト部分ほとんど全部)がつぶれて太く濃くなっているとしている。(証人D・21,22,42ないし44,45ないし47ページ)
   ク 他方,被告は,本件納品ステッカーは,若干,赤味が濃かった,色合いが多少濃い仕上がりになっているとは思うが,簡易色校正のみで,本紙校正をしていないので,この程度の濃さは許容範囲であると考えていた。(乙39,証人C・3,17,18,41,42ページ)
   ケ 原告は,被告に対して,色が濃いとして,本件ステッカーの印刷のやり直しを指示し,被告は,原告が希望するならやり直したいと考えたが,光和印刷その他に問い合わせた結果,中1日での納品は難しいと断った。原告は,インクジェット印刷をするよう指示したわけではなく,オフセット印刷にこだわっていたわけでもなかったが,被告は,本件発注がオフセット印刷であったため,オフセット印刷をする前提で難しいと断ったのであり,インクジェット印刷であれば,中1日の納品も可能だった。(乙39,証人C・18ないし21,30,37ないし40ページ)
   コ 本件納品ステッカーの文字部分は,本件において書証として提出された本件プロジェクト関連の印刷物(甲2,11,12,21の1・2,22,41の1,42の1・2,43,44の1・2,65,66,乙5)や本件見本データ(甲23,乙2)と比較すると,若干色味が濃いめであるとはいえるものの,文字の形が明確にくっきり印刷されており,字がつぶれていて読めないとか,見苦しいというものではない。(甲1の1・2,2,11,12,21の1・2,22,23,41の1,42の1・2,43,44の1・2,65,66,乙2,5)
  (2) 本件納品ステッカーの納品後の経過
   ア 原告は,マスターワークスなどを通じて,共立アドスタジオなどに本件ステッカーを印刷させ,4月26日及び同月27日,株式会社ジェイアール東海エージェンシー(以下「JR東海エージェンシー」という。)及び株式会社アド近鉄(以下「アド近鉄」という。)に対し,共立アドスタジオから納品されたステッカー(以下「共立アドステッカー」という。)を納品した。原告は,納期のみ指定し,見積は取らないで金額はいくらでもよいとし,印刷方法は指定しなかったところ,共立アドスタジオは,インクジェット印刷により印刷した。色校正については,ビックウエストフロンティアの確認もとることなく,原告独自の判断によった。(甲4,6の1,7,8,14,15の1・2,証人D・27ないし30,54ないし56ページ)
   イ 共立アドスタジオは,4月30日,フクフクサービスに対し,「4/27マクロスステッカー」として188万9000円を含む406万6650円を請求し,その内訳は次のとおりである。(甲8)
 (ア) W200*H165塩ビ再剥離片面角R 670枚 46万9000円
 (イ) 緊急加工対応費・深夜作業費 20万円
 (ウ) W200*H165遮光ユポ両面角R 910枚 91万円
 (エ) 緊急加工対応費・深夜作業費 20万円
 (オ) 色調整費3件 6万円
 (カ) 諸経費1式 5万円
   ウ 原告は,共立アドステッカーは,1枚1枚の色は問題がないものの,全体として見れば,若干の濃淡があると考えて,共立アドステッカー900枚をいったん電車に貼付したうえで,4月26日,清水産業に対し,本件ステッカー900枚を発注し,5月2日,清水産業から納品されたステッカー(甲2。以下「清水産業ステッカー」という。)を,同月3日,アド近鉄に納品し,株式会社近宣(以下「近宣」という。)は,共立アドステッカーと清水産業ステッカーの差替作業を行った。清水産業ステッカーは,オフセット印刷により印刷されたものである。清水産業ステッカーの印刷代金は20万3175円,近宣のドアステッカー差替作業費は8万9250円であった。(甲2のステッカーがオフセット印刷により印刷されたことは争いがなく,その余は甲2,4,6の1,17ないし19,60ないし64,証人D・47,48ページ)
   エ 被告は,5月9日,原告から求められて甲3書面を差し入れ,原告に言われて甲3書面に「不良ステッカー」と記載したが,被告として「不良ステッカー」であると考えていたわけではなかった。Cは,原告からやり直しを求められたので,原告の希望に沿うべく代替品を納入すると甲3書面に記載したが,原告は,被告に対して,やり直し費用として,どの程度の金額を請求するかについて説明せず,Cとしては,被告の見積額のせいぜい2割増し程度と考えていた。甲3書面の光和印刷の説明部分は,被告が光和印刷から聞いた内容をそのまま書き込んだものだった。(甲3書面の差入は争いがなく,その余は証人C・12,13,17,18,27,28,40,42ページ)
   オ 被告が5月15日に原告に対して送付した乙3書面には,「※簡易色校正はパソコンにて紙に出力する為色が多少忠実ではありません。(了承済み)本紙校正は色が忠実ですが日にちと費用がかかります。」という記載と,「色合いが濃いと知りつつ納期の問題で宅急便にて送ってしまいました」という記載がある。(乙3)
   カ フクフクサービスは,5月23日,マスターワークスに対し,マクロスステッカー緊急加工対応他として,218万1795円を請求し,マスターワークスは,同日,原告に対し,マクロスステッカー緊急加工対応他として228万6795円を請求した。マスターワークスは,本店所在地,代表者を原告と同じくする会社で,事務所内はパーテーションの区切りもなく,従業員7人のうちの2人は原告と兼務である。原告の従業員は10名である。マスターワークスは,イベント製作,原告は広告代理店としてイベントを販売する業務を行っており,印刷業務に関与していない。(甲6の1,7,16,27,証人D・23ないし27ページ)
   キ 原告は,5月31日,ビックウエストフロンティアから,本件ステッカーの印刷費41万3000円を含む印刷代及び広告代297万1920円の支払を受け,被告に対し,マクロスステッカー緊急制作・加工対応一式・諸経費(納品時交通費を含む)として,304万5000円を請求した。(原告の被告に対する請求は争いがなく,その余は甲20)
  (3) インクジェット印刷・オフセット印刷について
   ア 原告は,本件訴訟提起後である,平成26年3月ころ,公和印刷に対し,本件ステッカーの簡易色校正(甲41の1)を作成させた。(甲41の1ないし3,証人D・4ページ)
   イ 公和印刷の本件ステッカー印刷のインクジェット印刷による見積は次のとおりである。(甲47)
 (ア) 近鉄ドアステッカー150×200mmユポWCF195 4/4C(表裏同版)表面PP加工 裏面再剥離原反合紙 抜き加工 本紙校正費用含む 900枚 54万円
 (イ) JR東海ドアステッカー150×200mmユポWCF195 4C(デザイン/1C(鉄道会社指定色)裏面再剥離反合紙後 抜き加工 本紙校正費用含む 660枚 37万9500円
 (ウ) 合計91万9500円
   ウ デコラティブシステム株式会社は,平成26年3月25日,原告に対し,電車ドアステッカー(デコラ製作)1570枚で197万8200円との見積をした。「デコラ製作」の意味・具体的な印刷方法は不明である。(甲46)
   エ 被告は,平成26年1月31日,本件ステッカーをインクジェット印刷により印刷する場合の見積を作成した。その内訳は,次のとおりである。(乙31,39)
 (ア) 近鉄ドアステッカー165×200 両面印刷900枚 40万5000円
 (イ) JR東海ドアステッカー165×200両面ステッカー670枚 30万1500円
 (ウ) 合計70万6500円(税別)
   オ 電車内ドアステッカーの仕様
 (ア) アド近鉄は,ドアステッカーの仕様について,次のとおりとしている。(甲34)
 H165mm×W200mmフィルムシート両面印刷,再剥離タイプ
 (イ) JR東海エージェンシーは,ドアステッカー制作・仕様について,次のとおりとしている。(甲35)
  a ユポWCF#195もしくは同様の素材をご使用ください。
  b 表面にはオフセット印刷を施し,裏面には単色シルク印刷を施してください。
  c 表面はポリエステルフィルムでラミネート加工(両面)を施し,後糊加工(再剥離タイプ・剥がしたときに糊が残らないもの)を施してください。
  d 角丸仕上げしてください。
  e ステッカーが台紙からはがしやすいよう耳付きで作成してください。
   カ 原告・被告間の平成23年1月24日から同年12月21日までの取引において,見積段階で,印刷方法をインクジェット印刷ないしオフセット印刷と明示しているものと,していないものがあった。他方,原告は,発注にあたり,インクジェット印刷,オフセット印刷の印刷方法の指定はしないとしている。(甲59,乙38の1ないし18,証人C・4,5ページ)
   キ 共立アドスタジオによれば,本件ステッカーは,テキスト部分とイラスト部分の2つのデータから構成されているので,オフセット印刷ではなく,パソコンからオンデマンド印刷機に直接データを送信し,デジタルデータをそのまま印刷するインクジェットオンデマンド印刷をした場合は,テキスト部分のみの色を変更することが可能である。オフセット印刷の場合は上記の事項は該当しない。(甲29の1・2,30の1・2,乙39)
   ク 印刷物の色は,紙面上でのインキの盛り量を調整することで校正刷りの色に合わせ込むことができるが,印刷機は,幅方向での色のコントロールは多少できるものの,印刷物の天地方向での色のコントロールは自在にできないため,オペレータは,インキ出し量を調整し,完全ではないが,そこそこ色が合っている状態で妥協するのが現状であり,それでも,オペレータの高いスキルと数回にわたる色調整作業が必要となり,色調整は困難である。オフセット印刷機のオペレータは,数値では決まらない色の感覚を機械装置の操作により,インキ供給量を調整して色合わせを行う。(甲10,57,58)
   ケ ユポ紙は,主原料をポリプロピレン樹脂とするフィルム法合成紙であり,オフセット印刷をする場合は,インキを吸収せず,広がったインキにより網点が太るので,校正紙は本紙(ユポ)で本機校正をすることが推奨されている。(乙36ないし37の3,39,証人C・6ページ)
   コ 印刷速度は,オフセット印刷の方が,インクジェット印刷より10倍以上早い。(乙40ないし44,47,証人C・3,4ページ)
  (4) マクロス及び本件ステッカーについて
   ア 本件プロジェクトの東京会場展示会(池袋サンシャインシティ展示ホールA)は,4月28日から5月6日まで開催された。本件プロジェクトの大阪会場展示会(ひらかたパークイベントホール)は12月22日から平成25年1月14日まで開催された。(甲12,21の1・2,22,28)
   イ 本件ステッカーのイラスト部分には,次のとおり,3人の女性ないし少女及び背景が描かれている(以下,左側の人物を「人物1」,中央の人物を「人物2」,右側の人物を「人物3」という。)。(甲1の1・2,2,11,23,41の1,44の1・2,65,66,乙1,2)
 (ア) 人物1は,髪の毛は緑色,服は赤色ないしオレンジ色であり,人物2は,髪の毛は青色ないし紺色,服は白であり,人物3は,髪の毛は肌と同じ色,服は茶色ないし焦げ茶色ないしえんじ色又は赤紫色であり,3人とも白いブーツを履いて,片手にマイクを握っている。
 (イ) 人物2は人物1,人物3より高い位置にいる。人物3の下には巨大な鯛焼きがある。人物2の両肩あたりの背景には,左右それぞれ1台ずつ合計2台の可変戦闘機がある。人物2の上と,人物1,人物3の下には淡い青,ピンク,オレンジ色の複数の音符と青色ないし緑色の五線譜があり,赤いリボンがハート型に交わっている。
 (ウ) 背景は,濃い青色と淡い水色ないし緑色のまだらないしグラデーションで,白ないし黄色の小さな点が複数ちらばっていて星のように見えることから,宇宙空間であると考えられる。
   ウ マクロスの登場人物と本件ステッカーの人物
 (ア) 人物1は,マクロスの登場人物の1人であるランカ・リーであり,身長は小さく,ボディラインも幼さが残り,髪型はショートヘアが好きで,ゼントラーディ人とのクォーターで歌手を目指すという設定であり,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙15,16,18,19,21,22,23)によると,髪の毛は緑色で肩に届かない長さ,目は明るい茶色といった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙15,16,18,19,21,22,23,25)
 (イ) 人物2は,マクロスの登場人物の1人であるリン・ミンメイであり,横浜出身で,中国人の父と日本人の母の間に生まれた子で,中華料理店の娘だったが,芸能界入りして人気アイドルとなるという設定であり,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙7ないし14)によると,髪の毛が紺色で,肌の色は普通の肌色,目は緑色,髪の毛は長いといった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙7ないし14,24)
 (ウ) 人物3は,マクロスの登場人物の1人であるシェリル・ノームであり,ストロベリーブロンドの髪をした美人で,銀河の妖精と呼ばれる人気トップシンガーで,身長は高く,ボディラインもセクシー,祖母は東南アジア・マヤン島の風の巫女の家系という以外の出生は不明という設定で,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙15,17ないし20)によると,髪の毛は肌と同じ色で長くカールがあり,目は青色といった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙15,17ないし20,26)

   エ 本件納品ステッカーと一般的な画像・イラストとの色味の比較
 上記の証拠として提出されたマクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストにおける人物1,人物2,人物3と,本件納品ステッカーにおける人物1,人物2,人物3の色合ないし色味を比較すると,本件納品ステッカーは,肌の色が,他の画像ないしイラストより,赤味を帯びているが,濃さないし暗さという意味では,本件納品ステッカーが必ずしも一番濃いというわけではない。
   オ 本件プロジェクト関連の印刷物
 本件において,書証として提出され,色の比較が可能な本件プロジェクト関連の印刷物は次のとおりである。
 (ア) 本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1。ただし,甲1の1・2は原本そのものが提出され,乙1は,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (イ) 共立アドスタジオ作成の色校正紙(甲11。ただし,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (ウ) 清水産業オフセット印刷により印刷したステッカー(甲2。ただし,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (エ) 公和印刷が本件訴訟のため作成した校正紙(甲41の1。ただし,原本そのものが書証として提出されている。)
 (オ) 共立アドスタジオが本件訴訟のために再印刷したステッカー(甲65,66。ただし,原本そのものが書証として提出されている。)
 (カ) 本件プロジェクトの名古屋会場ポスター,ステッカー,中吊広告(甲42の2,43,44の1・2。ただし,提出されている書証自体は,原本を写真撮影して印刷したものである。)
 (キ) 本件プロジェクトの大阪会場のポスター・看板(甲12,22。ただし,甲12は,提出されている書証自体はポスターの原本をカラーコピーしたもの,甲22は,提出されている書証自体はインターネット上に写真が掲載されていたものをカラー印刷したものである。)
 (ク) 本件プロジェクトの東京会場の看板及びポスター(甲21の1・2,乙5。ただし,提出されている書証自体はインターネット上に写真が掲載されていたものをカラー印刷したものである。)
   カ 本件納品ステッカーを含む本件プロジェクト関連の印刷物の色味の特徴
 (ア) 本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1)
 全体として,色合いが濃く,赤味の強い感じを受け,全体として暗っぽいが,その分,背景も含めて深みがあり,平面的というよりは,立体感,奥行きがあるように見える。人物1の肌の色は,赤味が強く濃いめで日焼けして赤黒くなったような色であるが,人物の肌の色としてあり得ない色ではない。人物2の肌の色は濃いめの肌色,人物3の肌の色は濃いめのピンク色である。個々の人物の顔色,表情のイメージまで消されたわけではなく,生き生きした感じは残っている。人物3は,少し憂いを含んだ表情に見える。背景の青色部分は,深みのある青色と淡い色のエメラルドグリーンのまだらな感じが,宇宙観ある神秘的な感じを醸し出しており,宇宙を舞台にしているリアル感がある。
 (イ) 共立アドスタジオの色校正紙(甲11)
 全体として色合いが薄めであるため,人物を縁取る黒い線が際立って見えて,アニメーションあるいは漫画の絵らしいイメージを強くしているが,色味のバランスはとれている。人物1の肌の色は,健康的な肌色,人物2と人物3の肌の色は,薄い肌色,人物1の髪は鮮やかな緑色,人物1の服は落ち着いたオレンジ色,人物3の服も落ち着いた焦げ茶色である。背景は,淡い青色のグラデーションのように見えて,奥行き感があるというよりは,ぼやかした感じに見える。
 (ウ) 清水産業オフセット印刷のステッカー(甲2)
 全体として,色合いは濃くも薄くもない。人物1の髪は普通の緑色,人物3の服は少し赤味がかかった茶色である。人物1,人物2,人物3の肌の色は,いずれも肌色だが,人物1の肌の色は若干赤っぽい。背景は濃い青と薄い青のまだらな感じで,宇宙観は強くない。人物3は憂いを含んだ表情である。
 (エ) 公和印刷の校正紙(甲41の1)
 全体として淡い色合いだが,赤色が目立つ色味であり,人物1と人物3の服がかなり赤っぽい色であることが目立ち,特に,人物1の服は深紅,人物3の服は赤っぽいえんじ色ないし赤紫である。人物1,人物2,人物3の肌の色は,3人ともあまり違いがない薄い肌色である。背景は,淡い青色と薄い紺色のグラデーションで,宇宙観は強くない。
 (オ) 共立アドスタジオの再印刷ステッカー(甲65,66)
 全体として濃くも薄くもない色合いであるが,全体としての色バランスは赤味が強い。そのため,人物1と人物3の服の色がかなり赤っぽい色で,特に,人物1の服はかなり鮮やかな深紅,人物3の服は赤っぽいえんじ色ないし赤紫である。人物の肌の色は,人物3は少しピンクに近い薄い肌色,人物2と人物3は薄い肌色である。人物3の髪は色が落ちたようなくすんだ緑色である。人物3は憂いを含んだ表情をしている。背景は,少し黄色ないし緑がかった淡い青色と薄い紺色のまだらな状態で,全体として薄いため,背景の可変戦闘機は立体感があり目立つ印象を受ける。人物2の足下のハート型に交差している赤いリボンが,赤味が強いため,目立っている。また,人物1,人物3の足下のピンク色,オレンジ色,水色の音符も目立っている。人物3の足下の鯛焼きもかなり赤っぽいピンク色である。
 (カ) 名古屋会場ポスター(甲42の2)・ステッカー(甲44の2)・中吊広告(甲43)
 全体として濃くも薄くもない色合いだが,どちらかというと青色の色味が強い。人物1の服は赤に近い朱色,人物3の服は赤っぽい焦げ茶色である。なお,駅の構内の柱に貼付されたポスター,電車の窓に貼付されたステッカー,電車内の中吊広告のため,適度な照明のもとじっくり眺める感じではなく,色の濃淡はさほど気にならない。
 (キ) 大阪会場ポスター(甲12)・看板(甲22)
 ポスターは落ち着いた色味だが,人物1の髪は鮮やかな緑色で,人物1の服は朱色に近いオレンジ色,人物3の服は茶色である。看板は,全体として,赤味が強く,濃いめで,特に,人物1の肌の色は赤色っぽいピンク色に近い肌色(入浴するなどして肌の色が赤くなったときのような色),人物1の服は赤に近い朱色,人物3の髪の毛はまだらな赤毛ないし濃いピンク色,人物3の服は赤紫色,帽子は赤色となっている。
 (ク) 東京会場看板(甲21の1,乙5)・ポスター(甲21の2)
 東京会場看板,ポスターは,全体としての色のバランスは,黄色味が強く,よく言えば明るい感じ,悪く言えば落ち着きのない浮き足だった印象を受ける色味である。そのため,人物1の髪の毛は黄緑色,人物全員の肌の色は,黄色人種のような黄色に近い肌色である。人物1の服は赤に近いオレンジ色,人物3の服は赤に近いえんじ色,血液のような色である。

   キ 本件納品ステッカーと本件プロジェクト関連の印刷物との色味の比較
 (ア) 本件納品ステッカーと上記カの本件プロジェクト関連の印刷物の全体としての色が濃い順から薄い順に並べるとすれば,次の順になる(?が2つあるのは同じ程度の濃さという意味である。)。
 ?本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1)
 →?大阪会場看板(甲22)
 →?大阪会場ポスター(甲12)
 →?東京会場看板・ポスター(甲21の1・2,乙5)
 →?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告(甲42の2,43,44の2)
 ?清水産業ステッカー(甲2)
 →?共立アドステッカー(甲65,66)
 →?共立アドスタジオ色校正紙(甲11)
 →?公和印刷の校正紙(甲41の1)
 (イ) ?本件納品ステッカーと?大阪会場看板では,本件納品ステッカーの方が色味は濃いが,本件納品ステッカーは全体として濃いのに対し,大阪会場看板は,本件納品ステッカーより色味が濃くないため,人物1の肌の赤っぽさが目立つ印象を受ける。また,?本件納品ステッカーと?清水産業ステッカーとでは,本件納品ステッカーの方が全体として濃いが,本件納品ステッカーよりも,清水産業ステッカー,共立アドスタジオ色校正紙,公和印刷の校正紙のほうが,青味が強いように見える。なお,清水産業ステッカー,共立アドスタジオ色校正紙,公和印刷の校正紙は,東京会場看板・ポスター,大阪会場看板,共立アドステッカーより比較的青味が強く見える。
 (ウ) ?大阪会場看板と?大阪会場ポスターでは,大阪会場看板の方が濃く,赤味が強く,大阪会場ポスターの方が色味が薄い分,人物の周りの黒いラインその他の黒い色がくっきりしている。
 (エ) ?大阪会場ポスターと?東京会場看板・ポスターでは,大阪会場ボスターの方が濃いが,東京会場看板・ポスターは,前記のとおり,黄色の色味が明らかに強く,色の濃さの割には明るい印象を受ける一方で,落ち着きのないような軽い印象も受け,大阪会場ポスターの方が落ち着いた印象を受ける。
 (オ) ?東京会場看板・ポスターと?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告とでは,東京会場看板・ポスターの方がどちらかというと濃いが,前記のとおり,東京会場看板・ポスターは黄色の色味が強く,比較すると,名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告は青味が強い印象を受ける。
 (カ) ?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告と?清水産業ステッカーは,比較すると,ほぼ同じ濃さ・色合いである。
 (キ) ?清水産業ステッカーと?共立アドステッカーを比較すると,共立アドステッカーの方が全体として色合いが薄く,若干赤味が強いため,人物1の服や人物3の服など赤っぽい色は鮮やかだが,人物1の髪のように,緑の色はくすんだ抹茶色になっている。
 (ク) ?共立アドステッカーと?共立アドスタジオ色校正紙とでは,共立アドスタジオ色校正紙のほうが薄く,前記のとおり,共立アドステッカーの方が赤味が濃く,会場文字は濃いオレンジだが,底部の赤帯部分は赤くなって網掛模様が不明瞭となり,イラスト部分は若干赤味が強い。
 (ケ) ?共立アドスタジオ色校正紙と?公和印刷の校正紙とでは,全体として,共立アドスタジオ色校正紙の方が明らかに濃く,赤味が押さえられて,人物1の服がオレンジに近い色に,人物3の服の色が赤紫やえんじ色ではなく茶色に近い色になっているのに対し,公和印刷の色校正紙の方が,比較的赤味が強い。前記のとおり,以上の資料は,原本のものもあれば,原本をカラーコピーしたり,写真を印刷したり,カラーコピーしたものも含まれているため,微妙な差異まで正しく反映されているとは言い難いが,色の濃さにも様々なものがあり,色のバランスにも,黄色味が濃いものや,赤味が濃いものや,黒色が濃いものなど,差異があり,必ずしも完全に一致はしていない。そして,原告が関与したものは,本件訴訟に際して作成したものも含め,基本的には,全体として色合いが,他の会場のポスターや看板よりも薄く,かつ比較的赤味が強いということができる。
   ク 本件納品ステッカー,本件プロジェクト関連印刷物,一般的な画像・イラストの色味の比較
 本件納品ステッカーも,本件プロジェクト関連印刷物も,全体として,人物1が,明るくあどけない表情で,元気よく活発な感じのイメージ,人物2は人物1よりは落ち着いていておとなしいイメージ,人物3は若干憂いを含んだ,微笑んでいるとはいえない謎めいた表情であるというイメージは保たれており,背景が宇宙であることも,濃淡の差や色味の黄色・青色の出方の濃淡によって,深みや奥行きのある宇宙観が強いものから,単なる漫画の背景という明るいイメージのものまであり,その中で,可変戦闘機がシャープなイメージを出して,3人の人物を浮き立たしているという印象は,色の濃淡や,色合いのバランスが異なっても,共通感は失われておらず,これらのイメージは,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストとは矛盾せず,むしろ合致する。

 2 本件印刷契約の債務不履行の有無(争点1)について
  (1) 前記認定事実によれば,?オフセット印刷の場合,特定部分の色の濃さや色味を修正するためには,データの修正が必要であり,少なくともデータ修正の確認のための簡易色校正の必要があること,?データを修正することなく,特定部分の色の濃さや色味を修正するには,インクの量等を調整する方法もあるが,4原色のうちの1つの色を濃くすると,他の3原色のうちの3色とのバランスの関係があるため,全体として色合いを濃くせざるを得ず,かつ,特定部分のみの修正をすることもできず,また,オペレータも高い技術を求められ,実際に印刷してみないと,どの程度濃くなり,どのような色味になったかは確認できないこと,?入校されたデータに限りなく忠実に色味や濃さを再現したい,精度を追求するというのであれば,データ上での修正を普通の紙に印刷する簡易色校正ではなく,本番で使用する用紙,印刷機,インクを使用した本紙校正をすべきであること,?用紙としてユポ紙を使用する場合は,ユポ紙は水分を吸収せず,オフセット印刷は影響を受けやすいので本紙校正をすることが推奨されていること,?本件においては,原告は,本紙校正はしないこととし,簡易色校正のみ実施したこと,?原告は,1回目の簡易色校正で,発注元であるビックウエストフロンティアに確認したところ,本件ステッカーの下部の赤帯を濃くする修正を指示され,同指示を被告に伝え,被告は下請先の光和印刷に伝え,光和印刷は校正屋に伝えて,本件見本データの修正がされたと考えられること,?原告は,2回目の簡易色校正で,発注元であるビックウエストフロンティアに確認したところ,本件ステッカーの会場文字のオレンジを少し強く,あるいは濃くする修正を指示され(本件指示),本件指示を被告に伝え,被告は下請先の光和印刷に伝えたこと,?原告は,上記?の修正について,3回目の簡易色校正は納期が近いので省略すると自ら判断し,校了としたこと,?そのため,光和印刷は,インク量の調整により,本件ステッカーの色味の調整をすることを余儀なくされ,何度も試し刷りをした結果,本件納品ステッカーが印刷されたこと,?原告は,本件指示において,「少し」濃く,あるいは強くという修正の程度について,簡易色校正をして,修正結果を確認しなかったが,その一方で,色見本を示すなどして,具体的に修正の程度も示さず,抽象的な言葉だけで指示したこと,?原告は,本件納品ステッカーについて,発注元のビックウエストフロンティアに確認することもなく,独断で「不合格」と判断し,印刷方法を指定することなく,被告に対して,「中1日」で印刷のやり直しを指示したが,オフセット印刷を念頭に置いていた被告は,難しいと断ったこと,?本件ステッカーの最終的な納品先は,JR東海エージェンシーとアド近鉄であったところ,JR東海エージェンシーは,ドアステッカーの印刷方法として,オフセット印刷を指定していたこと,?原告は,独自の判断で,マスターワークス,フクフクサービスを通じて,共立アドスタジオその他の会社に本件ステッカーの印刷をインクジェット印刷により印刷させて,その色味についても,発注元のビックウエストフロンティアに確認することなく,独自の判断で色味調整をさせて「合格品」としたこと,?もっとも,共立アドステッカーについても,900枚全部の色が完全に一致していなかったため,独自の判断で,清水産業に再印刷させ,共立アドステッカーをいったん電車内に貼付した後,後日,清水産業ステッカーに差し替えたこと,?本件納品ステッカーの文字部分は,本件において書証として提出された本件プロジェクト関連の印刷物及び本件見本データと比較すると,若干色味は濃いめであるが,文字の形は明確に印刷され,字がつぶれていて見苦しいとか読めないといった状態ではないこと,?本件納品ステッカーのイラスト部分は,本件プロジェクト関連の印刷物と比較すると,色味は濃いめで,赤味が強めであるということはできるが,本件プロジェクト関連の印刷物も,青味が強いもの,赤味が強いもの,黄色味が強いものと,色味も濃淡も様々であって,許容範囲であると考えられること,?マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストも色味や濃淡は様々であるが,本件納品ステッカーのイラスト部分は,マクロスの登場人物である人物1,人物2,人物3の基本的なイメージと比べて,色味の点では一致しており,流通する画像やイラストと比べても,濃淡や色味の違いは許容範囲であると考えられることが認められる。
 以上を前提とすれば,本件納品ステッカーは,本件プロジェクト関連の印刷物と比較しても,世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストと比較しても,イメージの同一性はあって,許容範囲であると考えられるにもかかわらず,原告は,発注元のビックウエストフロンティアに確認あるいは相談することもなく,独断で「不合格」であると決めつけ,最終的な納品先の一つであるJR東海エージェンシーの指示であるオフセット印刷とは異なるインクジェット印刷の方法で印刷した共立アドステッカーを納品したのであり,後日,共立アドステッカーも清水産業ステッカーに差し替えていることからすれば,発注元のビックウエストフロンティアの意向を重視するのではなく,自己の独断,極論すれば単なる自己満足によって,印刷の成果物を評価し,しかも,極めて高い精度でどこまでも本件見本データに忠実な印刷の濃さ・色味を目指すのであれば,本紙校正を行うか,少なくとも,本件指示の後に,簡易色校正を行い,本件指示による修正をデータ上で行って,高い技術を要して困難とされ,失敗のリスクのある印刷段階でのインクの色調整に頼ることなく,確実に本件指示による修正が印刷に反映されるようにし,かつ,簡易色校正により,本件指示の結果を確認することが可能であったにもかかわらず,また,3回目の簡易色校正をするには,費用も5000円が追加になるだけで,コストが高かったという事情もなかったにもかかわらず,独自の判断で簡易色校正を行わなかったという事情があることからすれば,加えて,本件印刷契約の代金が40万円にも満たない金額であり,本件ステッカーは,1か月程度の限定された短期間に,電車内のドアに貼付されている広告にすぎず,きちんとした照明が確保された状態で,美術品としてじっくり鑑賞するようなものでもないことからすれば,本件納品ステッカーの納品をもって,本件印刷契約に基づく商品の納品は履行されたというべきであって,債務不履行があったと認めることはできない。
  (2) この点,原告は,本件ステッカーのデザインは,本件プロジェクトのメインデザインであり,色合いが赤黒くて濃くて,色校正紙とも著しく乖離し,マクロスのヒロインのイメージ等や,東京,大阪,名古屋で統一されるべきイメージを著しく毀損ないし破壊すると主張するが,前記のとおり,本件納品ステッカーは,本件プロジェクト関連の他の印刷物と比較しても,マクロスのホームページを始めとする世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストを前提としても,赤色味,青色味,黄色味といった色味のバランス,全体的な色の濃淡は様々であって,本件納品ステッカーは,色が濃いめで,赤色味が強めということはできても,本件プロジェクト関連の印刷物,世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストとまったく異なるイメージや印象を抱かせるほどの色味のバランスや全体的な色の濃さの違いはなく,イメージを著しく破壊ないし毀損するとまでいうことはできない。
 原告は,本件納品ステッカーは,本件プロジェクトを企画したビックウエストフロンティアが絶対に許さないものであったと主張するが,原告自身,本件納品ステッカーをビックウエストフロンティアに確認してもらっておらず,それどころか,やり直しである共立アドステッカーも,納品後,清水産業ステッカーと差し替えたり,最終的納品先であるJR東海エージェンシーがオフセット印刷を指示しているにもかかわらず,インクジェット印刷による共立アドステッカーを納品したりしたのであるから,すべて原告の独断,極論すれば自己満足により行ったものと言わざるを得ず,このような原告の独自の価値観や判断をもって,ビックウエストフロンティアの認識と同視することはできない。むしろ,納期が迫っており(前記認定のとおり,後日枚数が変更になり,再度見積をしたという経緯があり,本件発注が遅れて,もともと納期までの期間が短かったことがうかがわれる。),印刷方法の変更(オフセット印刷ではなくインクジェット印刷)もやむなしというのであれば,色味を重視してやり直しを選択するのか,印刷方法について,最終的な納品先の指示を重視して,許容範囲であるとするのか,後日差替という方法をとるのか,といった判断について,発注元であるビックウエストフロンティアに相談すべきであったと考えられるところではある。
 原告は,被告が,乙3書面で,色味が濃いと知りつつ,納期の問題で納品したと認めている,甲3書面でも,やり直しあるいは損害賠償をすることを認めていると主張する。しかしながら,前記認定のとおり,被告は,発注者である原告からクレームがあったため,これに対応すべく,原告に言われたとおりに,甲3書面を記載したのであり,そもそも本件納品ステッカーが「不合格」で債務不履行であると認めたものではなく,若干赤味は強いし,濃いが,許容範囲であると考えていたと認められる上に,賠償金が常識的な範囲,すなわち本件発注の対価である38万4000円の2割増し程度であったら支払うつもりで記載したが,その10倍近い金額(本件訴訟前の請求額)を請求されたので,支払を拒絶したことが認められ,被告は,乙3書面や甲3書面で,債務不履行の事実や,法的責任まで認めたものではなく,単に,クレーム対応したものにすぎないから,本件納品ステッカーの納品が債務不履行とはいえないことについて,何らの影響を及ぼすものでもない。
 原告は,本件指示に基づいて,会場文字の色味修正をすることは,印刷業界における基本的な技術であり,会場文字とイラスト部分の画像データは独立しているので,イラスト部分まで赤黒くなることはなく,本件納品ステッカーが全体的に赤黒くなったのは,被告(下請であった光和印刷)の色調整の技術不足による,光和印刷も,甲3書面で印刷ミスであることを認めていると主張する。しかし,前記認定のとおり,簡易色校正を行う前提でデータ自体を修正するのであれば,画像データの独立の有無に関係なく,特定の部分のみの色味の強さや濃さの修正は可能であるが,データの修正をすることなく,インクの量のみで色味の強さや濃さを調整する場合は,全体として色が濃くなることは避けられないのであって,本件では,原告が,自らの選択で3回目の簡易色校正を行うことなく,インク調整で色味の修正を指示した以上,全体として濃くなることは承諾していたと言わざるを得ない。甲3書面の光和印刷の説明は,被告が,光和印刷から聞いたことをそのまま記載したにすぎず,説明が正しいかどうかは不明であるし,謝罪しているかのような記載は,前記認定のとおり,被告は,原告に言われて書いたものにすぎないから,法的責任あるいは過失を認めたものということはできない。
 原告は,3回目の簡易色校正をしなかったことについて,被告から,データ修正の要否を確認されなかったからとか,そもそもオフセット印刷かインクジェット印刷かも意識していなかったとか,従前はインク調整で問題なかったので気にしなかったと主張するようであるが,原告は,印刷物を扱う広告業者として,当然の知識として,オフセット印刷,インクジェット印刷の違い,納品先はどちらの印刷を希望しているか,色味のバランスや濃さの修正方法・精度・費用の関係を知っていてしかるべきであって,これを前提として,クライアントのニーズに最も適合する方法を選ぶべき立場にあるのであって,本件発注を受けた被告の方から,インク調整のリスクを説明した上で3回目の簡易色校正をするよう推奨しなければならない義務があったとまでいうことはできず,むしろ,原告が,代金38万4000円程度の印刷物で,電車内広告として1か月程度の短期間電車内のドアに貼付されるステッカーで,3回目の簡易色校正は不要としたことを前提とすれば,これを受けた被告としては,原告の求める精度・印刷物の本件見本データに忠実な程度は,そこまで厳密で高いものではないと考えたとしても当然というべきであり,これをもって被告の落ち度ということはできない。
 また,原告は,被告が,アドビリーダーなどの修正ソフトを用いて本件見本データを修正すべきだったと主張するが,被告がデータ修正をすることができたと認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記認定事実によれば,本件見本データの修正は,被告の下請先の光和印刷の取引先である校正屋が行っていたと認められるので,この点に関する原告の主張は理由がない。
 3 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないので棄却することとして,主文のとおり,判決する。
 (裁判官 村上誠子)