写真展の中止が違法とされた事案(東京地判平成27年12月25日)

主文
1 被告株式会社Nは、原告に対し、110万円及びこれに対する平成24年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告株式会社Nに対するその余の請求並びに被告甲及び被告乙に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用と被告株式会社Nに生じた費用の各10分の1を同被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告らは、原告に対し、連帯して1398万1740円及びこれに対する平成24年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告株式会社Nは、原告に対し、同被告のホームページに別紙謝罪広告目録1記載の謝罪広告を同目録2記載の条件で掲載せよ。
第2 事案の概要
  本件は、写真家である原告が、〈1〉(ア)写真展示場「戊」を運営する被告株式会社N(以下「被告会社」という。)が、原告との間で、東京及び大阪の写真展示場で原告の写真展を開催することを内容とする契約を締結した後に、その開催中止を一方的に決定し、東京展については、裁判所による仮処分の発令後に写真展の開催自体には応じたものの、その開催に当たり必要な協力をせず、大阪展については写真展の開催に応じなかったことにつき、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負う、(イ)被告会社の代表取締役である被告甲(以下「被告甲」という。)及び担当取締役である被告乙(以下「被告乙」という。)が、被告会社の上記のような対応の方針決定に関与したことにつき、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うと主張して、被告らに対し、損害賠償金1398万1740円(慰謝料、仮処分関係費用、逸失利益、弁護士費用等)及びこれに対する平成24年9月5日(大阪展開催中止の最終通告日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求めるとともに、〈2〉民法723条に基づき、被告会社に対し、謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
 (1) 原告は、日本を拠点として活動している韓国生まれの写真家である。
 被告会社は、カメラの製造販売等を業とする会社であり、東京(丙、丁)及び大阪の3箇所に写真展示場「戊」を開設し、写真家に写真展の開催のために無償で使用させるなどの活動を行っている。平成24年5月ないし9月当時、被告会社の業務分掌上、戊の運営は、映像カンパニーのフォトカルチャー支援室戊事務局(以下、単に「戊事務局」という。)が担当していた。
 被告甲は、平成24年5月ないし9月当時、被告会社の代表取締役であった。
 被告乙は、平成24年5月ないし9月当時、被告会社の取締役兼常務執行役員であり、被告会社の映像カンパニーを統括するカンパニープレジデントの職にあった(甲194、195、197)。
(2) 被告会社が戊を写真展の会場として無償で使用させる目的は、質の良い写真作品の公開を通じて、写真文化の普及・向上を図り、カメラ及び関連機材の販売促進につなげることにあり、各戊は被告会社が扱うカメラ等の製品を展示するショールームに併設されている。このうち、丁・戊は、JR・丁駅近くの高層建物である己の28階のうち被告会社が賃借する部分にショールームを中心として構成された「庚・丁」の中にある。
  被告会社は、一般から戊での写真展開催の申込みを募り、戊選考委員会(映像カンパニーのカンパニープレジデントが委員長を務めるほかは、社外の写真家等5名で構成される。)において選考の上、その開催の諾否を決定している。戊での写真展の開催は、延べ数千回に及び、日本の代表的写真家の登竜門的役割を果たしてきたと評価されている(甲1〜3、甲1、14、144、146)。
  (3) 被告会社は、戊で写真展を開催するに当たっては、次のとおりの戊使用規定(以下「本件使用規定」という。)を了承することを求めている。戊での写真展の開催に当たり、被告会社は、展示場を無償で使用させるほか、案内ハガキの制作費の一部及び発送費(個人分を除く。)、会場内の挨拶文、略歴、キャプション等の展示物制作費、プレスリリースの発行、展示作業費等を負担するが、展示作品のプリント、パネル、運搬等の経費や、案内ハガキの制作費の一部等は、写真家の自己負担とされている(甲3、8、甲1、146)。
「1.会場使用料は無料です。
2.使用取り止めおよび変更は、使用日より3カ月前までにお申し出ください。万一3カ月以内に使用取り止めのお申し出があった場合は、戊運営上の損害金を補償していただく場合があります。
3.4.(略)
5.戊使用権の第三者への譲渡および転貸はできません。
6.一般入場者より入場料を徴収することは、お断りいたします。また、会場内において写真集などの物品を販売する場合は、事前に承諾を得てください。
7.使用に際し、戊の間仕切り、造作などは変更できません。また、戊に写真以外のものを搬入・展示する場合は事前に承諾を得てください。
 8.(略)
9.戊事務局が、申し込み書記載内容に反する展示であると判断した場合は、展示後といえども全展示物を撤去し、使用を中止していただきます。
10.展示作品に関しての協力会社名、商品名およびデータ等の会場内での表示は、原則としてお断りいたします。
 11〜13.(略)」
 (4) 原告は、平成23年12月28日付けで、「戊使用規定を了承し、下記の通り申し込みます。」とあらかじめ記載された所定の戊使用申込書に次のとおり記入して、応募作品と共に、戊事務局宛てに提出した(甲4。以下、この行為を「本件使用申込み」という。)。
写真展名:重重(Layer By layer)
写真展内容:中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち
応募作品:枚数・40枚 サイズ・A3 種類・モノクロ
(5) 被告会社は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、「戊選考委員会 委員長乙」の名で「戊使用承諾の件」と題する書面を送付し、同月23日の戊選考委員会において審議の結果、本件使用申込みについて、「下記の通り承諾と決定いたしました」と通知した(甲7。以下、この行為を「本件使用承諾」といい、下記の写真展を「東京展」という。)。

  使用会場:丁・戊
  開催日時:平成24年6月26日〜同年7月9日(2週間)
 午前10時30分〜午後6時30分
(会期中無休/最終日は午後3時まで)
作品展示日:6月25日午後3時〜
作品搬出日:7月9日午後3時〜
(6) 原告は、戊事務局からの指示に従い、平成24年4月上旬頃に、東京展の会場掲示用のキャプション原稿(甲9)、パブリシティ用原稿(甲10)及び作者略歴原稿(甲11)と案内ハガキ原稿を提出した。これらの原稿では、写真展名が「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」に変更されていた。
被告会社は、平成24年5月9日頃に、東京展(変更後の写真展名による。以下同じ。)のスケジュールが掲載された「丙・丁・戊2012年6月度スケジュールのお知らせ」と題する書面(甲16、甲163。以下「リリース書面」という。)をマスコミ関係者に送付してプレスリリースを行い、同月11日頃、被告会社のホームページにも東京展のスケジュールを掲載した。また、被告会社は、平成24年5月上旬頃、東京展の案内ハガキの校正を終えて、同月中旬頃、原告の費用負担による増刷分を含む合計2500枚の案内ハガキ(甲17)を原告に届けた(甲7、8、15、甲74、146)。
  (7) 被告会社は、平成24年5月15日付けで、原告に対し、「戊選考委員会 委員長乙」の名で「アンコール写真展開催の件」と題する書面を送付し、同月14日の戊選考委員会において審議の結果、「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」のアンコール展を「下記の通り開催していただくよう決定いたしました。ご了承いただきますようお願い申し上げます。」と通知した(甲14。以下、この行為を「本件アンコール展開催通知」といい、下記の写真展を「大阪展」という。また、東京展と大阪展を併せて「本件写真展」という。)。
  記
  使用会場:大阪戊
  開催日時:平成24年9月13日〜同月19日(1週間)
  期間中毎日午前10時30分〜午後6時30分
  (会期中無休/最終日は午後3時まで)
  作品展示日:9月12日午後3時〜
  作品搬出日:9月19日午後3時〜
  (8) 平成24年5月19日の朝日新聞朝刊(辛版)に、「辛市在住の韓国人写真家壬さん(41)が、中国に戦後置き去りにされた朝鮮人の元従軍慰安婦を撮り続けている。この春、写真展などを企画する実行委員会を結成し、19日には辛市で講演会がある。」、「元慰安婦が重ねた苦悩に、問題の解決を願う思いを重ね、プロジェクト名は「重重」とした。」、「6月26日〜7月9日には、東京の丁・戊で写真展を開く。」などと紹介する記事(甲24。以下「本件記事」という。)が掲載されたところ、同月21日頃から、戊で本件写真展が開催されることに関し、被告会社への電話や電子メールで批判的な意見が寄せられたり、インターネット上の電子掲示板に批判的な書き込みがされたりした。
  (9) 被告会社は、平成24年5月22日午後、社内で検討した結果、本件写真展の開催を中止することを決定し(以下「本件中止決定」という。)、同日午後7時頃、戊事務局長である癸(以下「癸」という。)から原告の妻である壬2(以下「壬2」という。)を介して原告に対し、本件写真展の開催を「諸般の事情」により中止することとした旨を電話で伝えるとともに、同日、被告会社のホームページの戊写真展スケジュール中に掲載されていた東京展の開催予定を削除し、これに代えて「6/26(火)〜7/9(月)壬写真展は諸般の事情により中止することとなりました。関係各位の方々にご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げます。」と掲載した(甲19、23)。
  (10) 原告は、平成24年6月4日、東京地方裁判所に対し、原告を債権者、被告会社を債務者として、丁・戊を東京展のために仮に使用させることを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令申立て」という。)をし、同裁判所は、同月22日、その申立てを認容する決定(以下「本件仮処分命令」という。)をした。被告会社は、これを不服として保全異議の申立てをしたが、同裁判所は、同月29日、本件仮処分命令を認可する決定をした。被告会社は、これを不服として保全抗告をしたが、東京高等裁判所は、同年7月5日、その抗告を棄却する決定をした(甲28〜30)。
  被告会社は、上記のとおり本件仮処分命令に対し不服申立てをする一方、本件仮処分命令に従い、原告に丁・戊を東京展の会場として使用させた。東京展は、予定どおり平成24年6月26日から同年7月9日まで丁・戊において開催され、7千人前後(原告集計によれば7900人、被告会社集計によれば約6500人)が来場した。
  (11) 原告は、東京展が終了した後、被告会社に対し、大阪展の予定どおりの開催への協力を求めたが、被告会社は、これに応じず、最終的には平成24年9月5日に原告に送付した書面により、これに応じられない旨を伝えた。
  原告は、平成24年10月11日から同月16日まで、丙2市内のギャラリーを借りて、写真展(以下「代替展」という。)を開催した(甲31、32、甲35)。
 2 争点
 (1) 被告会社が債務不履行責任又は不法行為責任を負うか
 ア 被告会社と原告との間で契約が成立したか
 イ 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ウ 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
 エ 本件中止決定等の違法性
 (2) 被告甲及び被告乙が会社法429条1項に基づく責任を負うか
 (3) 原告が被った損害の有無及び額
 (4) 謝罪広告請求の当否
 (5) 被告会社による相殺の抗弁の当否
第3 争点に関する当事者の主張
 1 被告会社が債務不履行責任又は不法行為責任を負うか
  (原告の主張)
 (1) 被告会社と原告との間で契約が成立したか
  ア 原告が平成23年12月28日付けで本件使用申込みをし、被告会社が平成24年1月24日付けで本件使用承諾をしたことにより、原告と被告会社との間で、丁・戊において原告の写真展を開催することを内容とする契約(以下「東京展開催契約」という。)が成立した。
 イ また、原告が本件使用申込みをし、被告会社が平成24年5月15日付けで本件アンコール展開催通知をしたことにより、原告と被告会社との間で、大阪戊において原告の写真展を開催することを内容とする契約(以下「大阪展開催契約」といい、東京展開催契約と併せて「本件契約」という。)が成立した。なお、原告は、被告会社からの本件アンコール展開催通知に対しても、同月22日に、壬2が代理して戊事務局の担当者に対し「大阪のリコール展、よろしくお願いします。」との電子メールを送信し、返答している。
  (2) 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ア 本件契約に基づく債務の内容には、単に原告が写真を提供し、被告会社が会場を提供すること(以下「会場貸与義務」という。)のみならず、これに付随する信義則上の義務として、芸術的価値の高い写真展の実現のために相互に必要な協力を行うこと(以下「協力実施義務」という。)が含まれており、被告会社は、写真展の広報や会場内の環境維持を含め、通常の写真展において質の高い写真展を実現するために通常認められている行為について、原告からの要請があればこれに応ずるべき義務を負っていた。
 イ ところが、被告会社は、合理的な理由なく一方的に本件中止決定をし、原告が抗議しても、本件写真展を開催する意思のないことを言明し続け、原告が東京展の開催のために本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくした。
 その上、被告会社は、本件仮処分命令が発せられた後も、仮処分で命じられた限度で施設使用を認めるのみで、それ以上の協力は行わないとの姿勢を貫き、東京展の開催期間中、過剰な警備体制を敷いて写真を鑑賞するための良好な環境を破壊し、原告の写真が掲載されたパンフレット等の頒布・販売を禁止し、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止し、ホームページ上や会場外の掲示による広報活動を実施しないなど、本件写真展の開催への協力を拒絶し続けた。
 このような被告会社の一連の対応は、東京展開催契約に基づく協力実施義務の不履行に当たる。
 ウ また、被告会社は、大阪展については、会場貸与自体を拒否し続け、大阪展開催契約に基づく義務を一切履行しなかった。
  (3) 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
  被告会社が本件契約上の義務の履行を免れる理由はない。
 本件中止決定がされた時点で、写真展の中止を必要とするような具体的危険を予見させる事情は何ら存在せず、実際にも、本件写真展は一部の特異な妨害者による妨害行動があったものの無事に開催されている。
 また、原告は、当初から、写真展名欄に「重重(Layer By layer)」、写真展内容欄に「中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち」と明記して本件使用申込みをし、被告会社はこれを認識した上で本件使用承諾及び本件アンコール展開催通知をしている。
 「重重プロジェクト」は、本件写真展を成功させ、一人でも多くの人に原告の写真を見てもらうための活動であって、原告が本件写真展を他の活動の手段として利用しようとした事実はない。
  (4) 本件中止決定等の違法性
 被告会社は、いったんは写真としての価値を認めて開催を決定した本件写真展について、わずかな抗議活動を契機としてこれに過剰に反応した上、これに起因して原告の政治活動の一環と根拠なく決めつけ、忌避、嫌悪して、本件中止決定をし、本件仮処分命令により被告会社のそのような判断が否定された後も自らの過ちを認めず、東京展については、会場使用を認めたのみで、開催に協力せず、大阪展については開催を拒絶し続けた。このような被告会社の行為は、原告の写真家としての社会的評価を低下させ、原告の人格権を侵害するとともに、表現の伝達と交流の場を理由なく奪い、差別的取扱いをして、憲法的価値を侵害するものであり、また、文化施設の運営における行為規範にも反するものであって、重大な違法性を有する。
 なお、被告会社は、本件中止決定をした理由は安全確保の必要性にあったなどと主張するが、本件中止決定がされた時点において本件写真展を開催した場合に危険が生ずる客観的根拠は皆無であったし、被告会社自身も仮処分段階ではそのような主張を一切していなかったことに照らし、被告会社がそのような理由で本件中止決定をしたものではないことは明らかであって、本件中止決定には何ら合理的な根拠がない。
  以上によれば、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応は、本件契約の債務不履行に当たるとともに、原告に対する不法行為に当たる。
  (被告らの主張)
 (1) 被告会社と原告との間で契約が成立したか
  ア 被告会社は、一定期間内に応募された作品の中から優等者を選定し、優等者に対し、主たる報酬として、丁又は丙の展示スペースを無償で提供し、従たる報酬として、〈1〉案内ハガキ制作費の一部負担、〈2〉額の貸出し、〈3〉会場内の挨拶文、略歴、キャプション等の展示物製作費の負担、〈4〉案内状の発送費(個人分を除く。)の負担、〈5〉プレスリリースの発行、〈6〉展示作業費の負担を提供する旨の優等懸賞広告をし、これに応募した原告に対し、選定の結果、報酬として、丁・戊における展示スペースの提供と上記〈1〉ないし〈6〉の提供を決定したものであって、被告会社と原告との間で契約は成立していない。
 イ アンコール展の開催は、優等懸賞広告の報酬に含まれていない。
 被告会社は、原告に対し、優等懸賞広告とは別に、大阪で写真展を開催する意思があるか意向打診をしたが、これに対し、原告側から、費用負担につき問合せがあったのみで回答はない段階で、被告会社が本件中止決定を伝えて意向打診を撤回しているから、大阪展については何らの合意も成立していない。
  (2) 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ア 契約の成立が認められるとしても、それは丁・戊の展示スペースを無償提供することを主たる債務とするもので、従たる債務の内容は上記(1)ア〈1〉ないし〈6〉の負担にとどまり、原告主張の協力実施義務は契約上の債務の内容に含まれない。
 イ 被告会社は、本件仮処分命令に従い、予定どおりの期間に丁・戊の展示スペースを原告に無償で提供した上、上記(1)ア〈1〉ないし〈6〉の負担をしたから、上記契約上の義務を履行した。
 会場の警備、パンフレット等の頒布・販売の許可、会場内での取材の許可、会場外の案内掲示等は、いずれも被告会社が有する会場の管理権限の行使に関わり、被告会社の裁量に属する事項であって、被告会社が原告に対しこれらを行うべき義務はない。
 (3) 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
 ア 解除
 (ア) 申込条件違反
 被告会社は、「写真文化の向上を目的とする写真展であること」を戊での写真展開催を許諾する条件としているところ、これに合致するためには、〈1〉写真作品として優れていること、〈2〉安全、平穏な鑑賞環境が保全されることの2条件をいずれも満たすことを要する。
 ところが、原告の応募は、本件写真展を「重重プロジェクト」という一定の目的を持って行われる募金活動、物品販売、支援者募集、写真展等から成る一連の有機的な活動の一環として組み込み、その活動の目的達成の手段とすることを企図したものであり、本件写真展を開催すれば、これに抗議する者らの行動により原告、原告関係者、来場者、被告会社従業員らが危険にさらされたり、賛否両派の意見表明活動が行われて会場が騒然となることが予測されたから、上記〈2〉の条件に反する。
 (イ) 安全性に関する告知義務違反
 戊写真展への応募者は、信義則に基づく真実義務として、被告会社が会場管理権限者として出展掲示の諾否を判断するために重要な事実を、所定の戊使用申込書の写真展内容欄に自主的に記載して告知すべき義務を負う。
 原告の応募は、「重重プロジェクト」活動の一環として企図されたものであり、そうである以上、重大な危険混乱が予測されたから、原告はそのことを被告会社に対し告知する義務を負っていたにもかかわらず、原告は、本件使用申込みに当たり、写真展内容欄に「中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち」と記載したのみで、本件写真展が「重重プロジェクト」の一環であることを何も記載せず、上記の義務を履行しなかった。
 (ウ) 本件使用規定違反
 原告は、〈1〉本件使用申込みに当たり、使用者氏名欄に記載された原告に加えて、「重重プロジェクト」の活動主体である「重重−X「慰安婦」写真展実行委員会」にも出展掲示活動を行わせようとしていた点、本件写真展が「重重プロジェクト」活動の一環であることを写真展内容欄に記載していなかった点で、本件使用規定9条に違反し、〈2〉東京展開催に必要な資金を募るとして、募金活動を行った点で、入場料の徴収を禁止する本件使用規定6条に実質的に違反し、〈3〉本件写真展の開催を「重重プロジェクト」のホームページで告知して、その活動の宣伝、広報、募金活動に利用した点で、協力会社名等の会場内での表示を禁止する本件使用規定10条に実質的に違反した。
 (エ) 被告会社は、上記の各違反を理由として、平成24年5月22日、本件契約を解除した。
 イ 錯誤
 被告会社は、本件使用承諾及び本件アンコール展開催通知をした際、原告が他の何らかの活動の一環として出展掲示を行う意図を有していると認識していなかった。本件写真展が「重重プロジェクト」活動の一環として行われるのであれば、安全性、中立性に重大な問題が生じ、戊写真展の趣旨に合致しないことになるから、被告会社は、原告の上記意図を認識していれば、本件使用許諾及び本件アンコール展開催通知をすることはなく、そのことは戊の使用申込みについての被告会社の説明に明示されていた。
 したがって、被告会社の原告に対する本件契約締結の意思表示は、錯誤により無効である。
 ウ 履行不能
 原告主張の会場貸与義務は、〈1〉平成24年5月19日に本件写真展に関する新聞報道がされた後、被告会社に多数の抗議が寄せられ、本件写真展を開催すれば原告、原告関係者、来場者、被告会社従業員ら(以下、併せて「原告その他の関係者」という。)の生命身体に危険が及ぶ可能性が生じ、安全性の確保が困難となったこと、〈2〉そのような状況の下で本件写真展を開催すると、原告は無償で作品を出展掲示できる一方、被告会社は多額の警備費用の支出を要する上、不買運動が行われて業績に多大な損失が生ずることが予測され、履行に要する費用が過大であること、〈3〉本件写真展が原告の「重重プロジェクト」活動の手段として利用される状況が明らかとなったことにより、社会通念上履行不能となって消滅した。これに伴い、付随的義務である協力実施義務も消滅した。
 (4) 本件中止決定等の違法性
 被告会社が本件中止決定をした実質的理由は、〈1〉平成24年5月22日の時点で、自分達の主張に反対する者に対しては罵声を浴びせかけて直接に暴力を振るう団体による抗議活動が伝えられており、本件写真展を開催すれば、このような抗議活動を行う者が会場に押しかけ、暴行、傷害等の事件を起こす客観的な危険性が存在していたことから、原告その他の関係者の安全性の確保を最優先に考えたこと、〈2〉原告が「重重プロジェクト」のパンフレットに自らの主張を記載した上で「丁・戊での写真展開催に必要」としてカンパを募ったことにより、世の中で意見が分かれている事柄について、被告会社が一方の意見を推進するための活動を支援していると社会的に受け止められる可能性が生じており、中立性を確保する必要があったこと、〈3〉被告会社の事業とは全く関連性のない原告の活動の手段として本件写真展が利用されることを回避する必要があったことにあり、本件中止決定には正当な理由があるから、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応に違法性はない。
2 被告甲及び被告乙が会社法429条1項に基づく責任を負うか
 (原告の主張)
 (1) 被告乙は、被告会社の取締役の中でも、戊の運営を担当する映像カンパニーの全体を見渡すべきカンパニープレジデントの立場にあり、本件写真展の開催、運営に関する権限を有し、自ら主導して本件中止決定をした者であるが、被告会社に対する最初の抗議メール及び抗議電話があった後、正確な情報の収集と分析をせず、具体的危険性を冷静に見極めようとしないまま、インターネット上で閲覧した内容を過大に評価して、わずか1日で拙速に本件写真展の中止を決定した上、本件仮処分命令において本件中止決定には理由がないとの司法判断が下された後もこれを維持し、東京展の開催により安全性の危惧がないことが実証された後も方針を変えなかったものであり、担当取締役としての職務を行うについて悪意又は重大な過失があったというべきである。
 (2) 被告甲は、被告会社の代表取締役であり、被告会社の業務執行における最高責任者として本件中止決定を承認した者であるが、被告乙が正確な情報の収集と分析をせずに拙速な判断をしており、再検討を命ずるべきことは明らかであったのに、漫然と本件中止決定を承認し、その後も報告を受けながら方針を変えなかったものであり、代表取締役としての職務を行うについて悪意又は重大な過失があったというべきである。
 (被告甲及び被告乙の主張)
 被告甲及び被告乙は、安全性の確保、中立性の確保、手段性の回避という正当な理由に基づいて、適正に本件中止決定をしたものであって、その経営判断は取締役としての善管注意義務に合致しているから、会社法429条1項に基づく責任を負わない。
3 原告が被った損害の有無及び額
 (原告の主張)
  原告は、被告会社の債務不履行又は不法行為により、次のとおり、合計1398万1740円の損害を被った。
 (1) パンフレット等の販売禁止による損害 85万9580円
 原告は、東京展の開催初日から10日間、被告会社が会場でのパンフレット、写真集等の販売を禁止したために、その売上げを得られなかった。販売を一部認められた4日間の販売実績に照らすと、上記の販売禁止期間中に得られたはずの売上げは83万8300円を下らない。
 また、原告は、上記の販売禁止期間中、来場客からパンフレット等の予約を受け付けて後日発送することで対応し、その送料として2万1280円の支出を要した。
 (2) 大阪での代替展の開催費用 39万1850円
 原告は、一方的に本件中止決定がされたことにより、丙2市内の別の会場で代替展を開催することを余儀なくされ、ギャラリー使用料12万6000円、チラシ制作・印刷費3万6750円の支出を要したほか、代替展が開催された時期には本来の展示用写真パネルを東京の海外特派員記者クラブで使用することが先に決まっていたため、新たに写真パネル一式を制作せざるを得なくなり、写真パネル制作費22万9100円の支出を要した。
  (3) 逸失利益 33万円
  原告は、本件中止決定がされてから本件仮処分命令を得て東京展開催に至るまでの間、仮処分に関する手続への対応等に忙殺されたことにより、同期間に予定されていた次のとおりの業務をキャンセルせざるを得ず、これらの業務により得られたはずの収入33万円を得られなかった。
  ア 平成24年6月初旬の写真修正の仕事 5万円
  イ 平成24年6月中旬の食品撮影の仕事 6万円
  ウ 平成24年6月中旬の商品撮影の仕事 10万円
  エ 平成24年6月30日のブライダル撮影の仕事 12万円
  (4) 仮処分関係費用 113万0310円
  原告は、東京展の開催のために本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくされた上、被告会社による保全異議及び保全抗告に対応することを要したことにより、印紙代2000円、郵券代1450円、打合せのための辛・東京間往復交通費9万1760円、宿泊費1万5100円、電話料金2万円、弁護士費用100万円の支出を要した。
  (5) 慰謝料・無形損害 1000万円
  原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、本件仮処分命令申立てをして写真展を開催するという異例の対応をとらざるを得なくなり、辛・東京間の往復を余儀なくされるとともに、予定どおり写真展が開催されないかもしれないという焦燥感に苛まれた上、写真家としての社会的評価を低下させられ、人格権を侵害された。
 被告会社による一連の対応が憲法的価値を侵害する重大な違法性を有するものであることや、裁判手続においても被告らが本件中止決定の理由についての主張を大きく変遷させるなど不当な対応を続けてきたことを考慮すると、原告が被った精神的苦痛及び無形の損害の金銭的評価として相当な額は、1000万円を下らない。
 (6) 本件訴訟の弁護士費用 127万円
 原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、弁護士に依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされた。その弁護士費用として相当な額は、127万円を下らない。
 (被告らの主張)
 争う。
4 謝罪広告請求の当否
 (原告の主張)
 写真界で極めて大きな影響力を有する巨大企業である被告会社から、「諸般の事情」としか理由を説明されずに、写真展の開催を直前に一方的に中止されたことによって、原告の写真家としての社会的評価は著しく低下させられており、原告の社会的評価を回復させるためには、事後的賠償のみでは足りず、謝罪広告が必要不可欠である。
  (被告会社の主張)
  争う。
 5 被告会社による相殺の抗弁の当否
  (被告会社の主張)
  被告会社は、東京展の安全確保のために、戊写真展において通常は実施していない警備員による警備を実施し、警備費用410万6025円を支出した。これは、被告会社が、展示スペースの提供義務を履行するために生じた費用であるから、弁済の費用(民法485条)に当たる。そして、その支出が必要となったのは、原告のコメントを掲載した新聞報道がされたことを契機として、本件写真展への批判が突如として巻き起こり、抗議が殺到したことによるから、原告がその行為によって弁済の費用を増加させた場合に当たり、上記警備費用は原告が負担すべきである。
  被告会社は、平成27年4月10日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、上記警備費用の求償債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
  (原告の主張)
 (1) 被告会社による相殺の抗弁は、故意又は重過失により時機に後れて提出された防御方法であって、それにより訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。
  (2) 被告会社が支出した警備費用は、写真展の開催のために通常付随するものではなく、弁済の費用には当たらないし、原告の意向とは関わりなしに被告会社の一方的な判断により支出されたものであって、原告が当該費用を増加させた事実もないから、被告会社は原告に対しその支払を請求する権利を有しない。
第4 争点に対する判断
 1 前提事実に加えて、証拠(甲50、51、甲146、147、161、証人壬2、証人丁2、証人戊2、原告本人、被告乙本人のほか、後掲のもの。ただし、各枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。
  (1) 原告は、伝統舞踊、障害者、日本軍元従軍慰安婦、巫女等をテーマにドキュメンタリー写真を撮り続けてきた韓国人写真家であり、丙・戊で(省略)事件をテーマにした韓国人写真家の写真展が開催されているのを見て感銘を受けたことを契機として、平成23年12月に本件使用申込みをしたところ、平成24年1月に被告会社から本件使用承諾を受け、その後は、戊事務局の担当者との間で、会場掲示物、案内ハガキ等の原稿のやり取りをするなど、開催に向けた準備を平穏に進めていた。
  その過程で、原告は、当初提出した使用申込書(甲4)では「重重(Layer By layer)」としていた写真展名を、平成24年4月に提出した会場掲示用のキャプション原稿等(甲9〜11)では「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」と変更したが、戊事務局の担当者は、使用申込書の写真展内容欄に書かれていたことを写真展名にしたのだと受け止めて、特に問題とせず、同年5月9日頃に発送したリリース書面(甲163)や、同月11日頃にホームページに掲載した戊写真展スケジュールには、上記変更後の写真展名を記載した。被告乙も、リリース書面に目を通し、原告の写真に付された上記変更後の写真展名も見たが、これを特に問題視していなかった。
 (2) 原告は、本件使用承諾を受けた後、東京展の開催に向け、展示作品のプリント、パネル制作等を進める中で、その制作費等の写真展開催に必要な資金や、搬入、会場運営等の支援スタッフを募る必要を感じ、平成24年3月ないし4月頃から、原告を代表とする「重重プロジェクト」の名で写真展開催のための資金サポート及び支援スタッフを募集することとし、「重重プロジェクト」のホームページや原告が独自に作成した東京展の案内ハガキに「現在6月26日の丁・戊での写真展開催に必要な1,283,000円を募っています!!」と記載して、「壬日本軍「慰安婦」写真展実行委員会」名義口座への送金を呼びかけた(甲6、18、甲2の2)。
 (3) 平成24年5月14日に開催された戊選考委員会で、戊事務局の担当者が同年9月ないし10月の大阪戊の写真展スケジュールに空きがある旨説明したところ、選考委員らが原告の出展を相当とする意見を述べたので、被告会社は、同月15日、原告に対し、本件アンコール展開催通知(甲14)をした。
 原告は、それまで、大阪での写真展開催は念頭に置いてなかったが、この通知を受けて是非やりたいと考え、平成24年5月22日午前9時39分頃に、妻である壬2を通じて、戊事務局の担当者に対し電子メールを送信し、「大阪のリコール展(注:アンコール展の誤記)、よろしくお願いします。」と返答した(甲8)。
 (4) 平成24年5月19日(土)に本件記事が新聞に掲載されたところ、同月21日(月)午後以降、被告会社及び株式会社Nイメージングジャパン(庚の運営に当たる子会社。以下、併せて「被告会社等」という。)に対し、戊で本件写真展が開催されることに関し、多数の電話、電子メール等が寄せられたほか、インターネット上で電子掲示板「己2」等に多数の書き込みがされた。同日の電話や電子メールには、このような写真展をなぜ被告会社が支援するのかと抗議するもの、不買運動を予告するもの、開催の中止を求めるものなどがあった。また、同日の上記電子掲示板への書き込みには、不買運動を呼びかけるもの、抗議を呼びかけるもの、原告が戊での写真展開催に必要として募金を呼びかけていることを疑問視するもののほか、「意図的に日本企業にやらせてるなもう暗殺で対抗するしかないんじゃないかこんなんwスパイ同士の戦いなんだろw」、「開催すればそこに撮影者来るだろうし直接文句いいにいけばいいんじゃね?」などというものがあった(甲22〜28、46〜49、75〜80、87〜90、122、123、130、133〜136)。
  (5) 戊事務局が置かれたフォトカルチャー支援室の室長代理であった丁2(以下「丁2」という。)は、平成24年5月21日午後3時51分頃、被告会社の広報担当者からの報告で、同日午後に被告会社に寄せられた電子メール(このような写真展をなぜ被告会社が支援するのかと抗議するもの)の存在を知り、同日午後4時51分頃、被告乙に対し、当該電子メールの内容を添付して状況報告をし、「写真展の主義主張についてNが賛同しているわけではなく、あくまでも写真表現の質を審査して会場を提供している。」と広報担当者を通じて回答する方向で検討しているが、今後エスカレーションする可能性を感じている旨伝えた。これに対し、社外に出ていた被告乙は、同日午後7時35分頃、「本件トップを含めて情報の共有が必要です。広報とも再度相談方お願い致します。」と返信した(甲25、26)。
 (6) 翌日の平成24年5月22日に出社した被告乙は、同日午前9時頃から午前10時頃まで、映像カンパニーのマーケティング本部長等から、社内の複数部署に外部から寄せられた電話及び電子メールや、インターネット上の電子掲示板への書き込みの内容の報告を受け、自らもパソコンの画面で電子メールや書き込みの内容を閲読して、「これは大ごとになる。」と感じ、本件写真展の開催は厳しいかもしれないと考え、映像カンパニーとしての対応を決めるため、同日午後1時から会議を行うことを決め、関係者に参集するよう指示するとともに、被告会社の経営トップ3人(会長、社長、副社長)に報告して情報共有をするため、午後2時からのアポイントをとった。
 その後、被告乙は、自ら更にパソコンで記事の検索等をし、「辛2会」の構成員がロート製薬株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し反日的な韓国人女優をCMに起用したことが問題であるとして本社に押しかけて抗議行動をしたことにつき強要罪の疑いで逮捕された旨の報道記事(甲158)及び同団体が平成24年5月12日に訴外会社の本社前で行った抗議行動の動画(甲159はその静止画)を見て、実際に旗を振ったり、怒号を上げたりして抗議が行われている様子に衝撃を受けた。
 被告乙は、同日午後1時からの会議で、自ら検索した上記の動画を示したりしながら参集者と協議した。同会議では、大阪展についても既に本件アンコール展開催通知をしていることの報告や、この段階で写真展開催を中止するのは原告に失礼ではないかなどという意見もあり、また、本件使用規定には解約の根拠となる規定はないことが席上で確認されたものの、被告乙は、「暗殺」等に言及する電子掲示板への書き込みの内容や、上記の動画にみられた訴外会社に対する抗議行動の例を重視し、映像カンパニーの責任者として本件写真展の開催中止を決断した。被告乙は、同日午後2時から、社長である被告甲並びに被告会社の会長及び副社長と面談して、被告甲らに対し、上記のとおり本件写真展の開催中止を決めた旨を報告したところ、被告甲らは、やむを得ないなどと述べて、その方針を了承した。
 その後、被告乙は、弁護士を訪ねて、以後の対応について助言を求め、被告会社は、その助言に従い、同日午後7時頃の癸からの電話及び同月24日付けの書面(甲20)で、原告に対し、理由につき「諸般の事情」とのみ説明して本件中止決定を告げた(甲19、甲124)。
 (7) 原告が平成24年6月4日に本件仮処分命令申立てをしたところ、被告会社は、原告が本件写真展を自らの政治活動の一環として位置付け、これを政治活動の場にしようとしているから、応募条件に反しており、解約事由があるなどと主張して争ったが、東京地方裁判所は、同月22日、被告会社の主張を排斥して、本件仮処分命令(甲28)をした。
 これを受けて、被告会社は、仮処分で命じられた東京展の開催に向け、厳重な会場警備体制を整えることとし、金属探知機の設置、従業員、警備員及び弁護士の常駐等の手配をするとともに、所轄警察署に協力要請を行い、原告側にもこのような警備体制をとることにつき協力を求めて、東京展の開催に臨んだ。併せて、被告会社は、原告に対し、双方の代理人弁護士を通じて、大阪展の開催は断念してもらえないかと告げたが、原告側は、開催希望を維持し、東京展が終わってから考えたいと返答した(甲39、99〜104、106〜114、184〜187)。
 (8) 東京展の初日である平成24年6月26日には、「辛2会」、「辛3会」等による街宣活動が己の入口付近で行われた後、街宣活動を行っていた団体の構成員らが写真展会場に入ってきて、原告の支援者らとの間で言い合いとなったり、同団体の代表者が原告に面談を求めようとしたりした。翌日以降も、会場周辺での街宣活動や、写真展開催に反対する立場と思われる者の来場があり、会場が一時騒然となることはあったが、同月30日に、原告に謝罪を要求する来場者に対して他の来場者が「出て行け」と体を押したことがあったほかには、同年7月9日までの開催期間中、暴力行為に及ぶ者はなかった。
 被告会社は、平成24年7月6日、それまで承諾を与えていなかった写真集の販売について、「会場の混乱が予想されたことから販売をお控えいただいておりましたが、現在、X氏をサポートするスタッフの方々が会場に多く常駐されていますので、販売していただいても支障がないと判断いたしました。」と伝えて、同日以降の販売を承諾した(甲33、37〜39、43、107、143、181〜183)。
 (9) 原告は、平成24年7月9日に東京展が終了した後、被告会社に対し、改めて大阪展が予定どおり行われるよう協力を求めたが、被告会社は、同年9月5日、同年5月24日付け書面等で連絡したとおりで応じられないとの回答をした。
 原告は、その後に丙2市内で写真展を開催できる会場を探し、平成24年10月11日から同月16日まで、同市内のギャラリーで代替展を開催した(甲31、32、甲35)
 2 争点1(被告会社の責任)について
  (1) 契約の成否について
 ア 前提事実によれば、原告が、平成23年12月28日頃に、本件使用規定を了承して申込みをする旨記載された戊使用申込書(甲4)に必要事項を記入して本件使用申込みをしたのに対し、被告会社が、平成24年1月24日頃に、使用会場を丁・戊、開催日を同年6月26日から同年7月9日までと指定して、本件使用承諾(甲7)をしたことによって、原告と被告会社との間で、本件使用規定の定めるところに従い、被告会社は、原告に対し、上記の期間中、丁・戊を写真展の会場として無償で使用させる債務を負担する一方、原告も、被告会社に対し、使用日から3か月前に取止め又は変更の申出をしない限り、上記の期間中、丁・戊で申込内容に沿った写真作品を出展する債務を負担することを内容とする契約(東京展開催契約)が成立したものと認められる。
 イ また、上記使用申込書(甲4)には、応募作品の返却方法として直接引取りを希望する場合に、その引取場所を戊事務局、丙、丁、大阪の各戊のいずれとするかを選択する欄が設けられているのみで、使用会場を選択する欄は特に設けられておらず、原告が本件使用申込みに当たり、希望する使用会場を東京(丙、丁)の戊に限定した事実は認められないから、前提事実によれば、原告が、上記のとおり本件使用申込みをしたのに対し、被告会社が、平成24年5月15日頃に、使用会場を大阪戊、開催日を同年9月13日から同月19日までと指定して、本件アンコール展開催通知(甲14)をしたことによって、原告と被告会社との間で、本件使用規定の定めるところに従い、被告会社は、原告に対し、上記の期間中、大阪戊を写真展の会場として無償で使用させる債務を負担する一方、原告も、被告会社に対し、使用日から3か月前に取止め又は変更の申出をしない限り、上記の期間中、大阪戊で申込内容に沿った写真作品を出展する債務を負担することを内容とする契約(大阪展開催契約)が成立したものと認められる。
 なお、前記認定のとおり、原告は、平成24年5月15日頃に本件アンコール展開催通知を受けた後、同月22日午前に、妻である壬2を通じて、戊事務局の担当者に対し、「大阪のリコール展(注:アンコール展の誤記)、よろしくお願いします。」などと記載した電子メールを送信して、大阪展開催の意思があることを明示しており、同日午後に被告会社から本件中止決定を伝えられる前に、本件アンコール展開催通知に対し、これを了承する旨の返答をしているから、本件使用申込みに大阪展開催の申込みは含まれないと解したとしても、本件アンコール展開催通知による被告会社の申込みに対し、原告が上記の電子メールを送信して承諾の意思表示をした時点で(被告会社の担当者が閲読可能となった時点で、閲読前であっても、被告会社において了知可能な状態に置かれたと認められる。)、大阪展開催契約が成立したと認められるのであって、結論を異にしない。
 (2) 債務の履行の有無について
 ア 本件契約は、上記のとおり、原告が使用申込書記載の内容に沿う写真作品を出展し、被告会社が戊をその写真展の会場として無償で使用させることを主たる債務の内容とするものである。
 東京展開催契約については、被告会社は、本件中止決定をして、いったんは上記債務の履行を拒んだものの、本件仮処分命令に従い、予定どおり平成24年6月26日から同年7月9日まで丁・戊を東京展の会場として使用させているから、被告会社に上記債務の不履行はない。
 一方、大阪展開催契約については、被告会社は、本件中止決定を維持し、大阪戊を原告の写真展の会場として使用させることに応じていないから、被告会社は上記債務を履行していないことが明らかである。
 イ 原告は、被告会社が、東京展の開催期間中、過剰な警備体制を敷いて写真を鑑賞するための良好な環境を破壊し、原告の写真が掲載されたパンフレット等の頒布・販売を禁止し、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止し、ホームページ上や会場外の掲示による広報活動を実施しなかったことが、本件契約上の付随的義務に違反すると主張する。
 しかし、本件使用規定には、会場内において写真集等の物品を販売する場合や、戊に写真以外のものの搬入又は展示をする場合には、事前に被告会社の承諾を得ることを要する旨の定めがあるほか、展示作品に関する協力会社名、商品名等を会場内で表示することを原則として禁ずる旨の定めがある。これらの定めは、戊を写真展の会場として無償で提供するに当たり、会場を専ら写真鑑賞の場として使用することを求めるものであると解され、特に不合理であるとはいえない。また、丁・戊が設けられた「庚・丁」は、被告会社が高層建物の一区画を所有者から賃借して使用しているものであって、写真展開催に当たり、会場内外の警備体制や案内掲示をどのようにするかは、被告会社において施設管理上の制約や必要性に鑑みて判断すべき事柄であるといえる。そうすると、被告会社が、東京展の開催期間中、本件使用規定において被告会社の別途の承諾を要するものとされているパンフレット等の頒布・販売を禁じたことはもとより、原告からみて過剰と評価される警備体制を敷いたこと、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止したこと、会場外の掲示による広報活動を実施しなかったことのいずれについても、東京展開催契約上の債務の不履行に当たるということはできない。そのほか、被告会社がそのホームページ上で写真展につきどのような記事を掲載するかについても、東京展開催契約において何らかの制約が課されているものではなく、その掲載内容に関し、被告会社に東京展開催契約上の債務に不履行があるということはできない。
 (3) 不法行為責任について
 ア 上記のとおり、被告会社は、東京展については、最終的に会場を無償で使用させる債務を履行したものの、東京展の開催が約1か月前に迫った時期になって、原告と何ら協議することなく、一方的に本件中止決定をし、本件仮処分命令が発せられたところ、これに従って東京展の開催には応じたものの、保全異議申立て及び保全抗告をして争った末、被告会社の主張が排斥されて本件仮処分命令が確定した後も、本件中止決定は正当であるとの主張を維持して、大阪展については、結局、会場を使用させる債務を履行しなかったものである。
 本件契約は、原告にとって、良質な表現活動の場の無償提供を得られるという利益がある一方、被告会社にとっても、自社のショールームに併設された展示場で継続的に良質な写真作品の展示を行うことにより、企業評価が高まるとともに、カメラ及び関連機材の販売促進につながるという利益が得られることを期して締結されたものであり、原告の側でも、写真展の開催に向けて、写真パネルの制作その他の準備を自己の負担において進めていたことに加え、本件契約は、原告が表現物を提供し、被告会社が表現活動の場を提供することを主たる債務の内容とするものであって、被告会社がその一方的な判断により会場を使用させる義務を履行しないと、原告は表現活動の機会を失わされることになることも考慮すると、上記のとおりの被告会社の一連の対応は、そのような対応をとったことにつき正当な理由があると認められる場合でない限り、契約の当事者として、契約の目的の実現に向けて互いに協力し、その目的に沿った行動をとるべき信義則上の義務に反し、不法行為が成立するというべきである。
 イ 被告会社は、原告との間で本件写真展の開催に係る契約が成立しているとしても、契約解除により終了したか、錯誤により無効であるか、又は履行不能であることにより、契約上の義務を履行すべき責任を負わないと主張し、また、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応には正当な理由があるので違法性はないと主張するが、これらの主張は、いずれも、〈1〉本件写真展を開催すれば、原告その他の関係者の生命身体に危害が加えられることや、不買運動により被告会社が多大な損失を被ることが予測される状況であったこと、又は、〈2〉本件写真展が「重重プロジェクト」という他の目的を持った活動に組み込まれ、その活動の手段として本件写真展が利用されていたことを実質的理由とするものである。
 しかし、前記認定事実によれば、本件記事が新聞で報道された直後に、戊での本件写真展の開催を非難する電話、電子メール、電子掲示板への書き込み等が集中的に出現し、電子掲示板への書き込みの中には「暗殺」等の不穏当な表現も散見された事実が認められるものの、インターネット上で匿名のユーザーによって断片的に書き込まれたこの種の書き込みの存在から、直ちにその言葉どおりの行動が現実に行われる危険性が高まっていたと認めることはできない。被告会社において本件中止決定がされる際には、「辛2会」の訴外会社に対する抗議行動の例が重視されているが、この事例についても、同団体の構成員が訴外会社に対し執拗に回答を要求したことにつき強要罪の疑いで逮捕されたとの報道がされているにとどまり、関係者の生命身体に危害が及ぶような状況があったとはうかがわれない。前記認定のとおりの事実経緯に照らすと、本件写真展を開催すれば、開催に反対する立場の者らによって抗議行動が展開され、会場内外で言い合い等のトラブルが発生することは十分に予測されたものの、本件全証拠によっても、本件写真展を開催すれば原告その他の関係者の生命身体に危害が加えられる現実の危険が生じていたとは認められない。不買運動のおそれについても、一連の電話、電子メール、電子掲示板への書き込み等において、これに言及するものがあったというにとどまり、実際に不買運動が高まり被告会社が多大な損失を被る現実の危険が生じていたとは認められない。このような場合、被告会社としては、まずは契約の相手方である原告と誠実に協議した上、互いに協力し、警察当局にも支援を要請するなどして混乱の防止に必要な措置をとり、契約の目的の実現に向けた努力を尽くすべきであり、そのような努力を尽くしてもなお重大な危険を回避することができない場合にのみ、一方的な履行拒絶もやむを得ないとされるのであって、被告会社が原告と何ら協議することなく一方的に本件写真展の開催を拒否したことを正当とすることはできない。
 また、前記認定事実によれば、原告が本件写真展の開催予定時期までに「重重プロジェクト」の名で行っていたことは、本件写真展の開催に必要な資金と支援スタッフの募集にとどまり、本件写真展が写真展示とは異なる目的の活動に組み込まれ、又は、その活動の手段として本件写真展が利用されていたとは認められず、この点についても被告会社が本件写真展の開催を拒否したことを正当とする根拠とはならない。
その他本件全証拠によっても、被告らが本件契約の解除事由、錯誤無効又は履行不能を基礎付けるものとして主張する事実を認めることはできず、被告会社が本件契約上の義務の履行を免れる理由はなく、また、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応に正当な理由があるということはできない。

 したがって、被告会社は、原告に対し、不法行為に基づき、上記のとおりの被告会社の一連の対応によって原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。なお、被告会社は、大阪展開催契約の債務不履行についても損害賠償責任を負うが、その損害として認められる範囲は、上記の不法行為による損害として認められる範囲を超えない。
3 争点2(取締役の責任)について
 被告乙は、被告会社の映像カンパニーの責任者として本件中止決定を主導した者であり、被告甲は、被告会社の代表取締役としてこれを了承した者であるところ、以上説示したところによれば、その判断は、客観的にみれば、本来重視すべきでない事情を重視し、考慮すべき事情を十分に考慮せずに行われた誤った判断であったといわざるを得ないが、被告乙及び被告甲がそのような判断をしたことにつき何ら根拠となる事情がなかったというわけではなく、突発的に生じた問題に対し困難な判断を迫られた中で利益衡量を誤ったにとどまる上、本件中止決定後の対応については、弁護士に法的観点からの助言を求めた上で方針を決し、本件仮処分命令が発せられた後には、これに不服申立てをしながらも、仮処分で命じられた事項については遵守に努めていることに照らすと、被告乙及び被告甲にその職務を行うについて悪意又は重過失があったということはできない。
 したがって、被告乙及び被告甲は、会社法429条1項に基づく責任を負わない。
4 争点3(損害)について
 (1) 前記認定事実によれば、原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、急遽、本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくされ、被告会社による保全異議申立て及び保全抗告への対応も含め、保全処分の手続を遂行するために、弁護士費用のほか、印紙代、郵券代その他の実費の支出を要したものと認められる。
 これにより原告が被った損害は、事案に鑑み、50万円の限度で被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
 (2) 原告主張のその他の経済的損害については、その支出を裏付ける客観的な証拠がなく、直ちに認めることができないが、前記認定事実によれば、原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、他の業務に優先して保全処分の手続への対応をとることを余儀なくされたほか、大阪での代替展の開催のために本来無用の労力を割くことを強いられ、また、これらの一連の対応の中で、本件写真展の開催を実現することが危ぶまれたことにより多大な心痛を被ったことが認められる。
 これにより原告が被った無形の損害及び精神的苦痛の金銭的評価は、事案に鑑み、50万円とするのを相当と認める。
 (3) これらに加えて、原告は、その訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任しており、これによって支出を要した弁護士費用は、10万円の限度で被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
 (4) 以上によれば、被告会社は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、110万円の支払義務を負う。
5 争点4(謝罪広告)について
 前記認定事実に照らし、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応は、必ずしも原告の社会的評価を低下させるものであったとはいえないし、原告の社会的評価の低下につながるところがあったとしても、上記のとおり、被告会社による本件中止決定が正当な理由のないものであったことを認め、被告に対し無形の損害の填補を含む損害賠償を命ずることによって損害の回復が図られるので、これに加えて、謝罪広告の掲載を命ずることが適当であるとはいえない。
 6 争点5(相殺)について
 (1) 被告会社は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うのであり、不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺は許されない(民法509条)。
 この点を措くとしても、被告会社が東京展の開催に当たり支出した警備費用は、被告会社が自らの施設管理上の判断により負担したものであって、本件契約上の債務の弁済の費用に当たるとはいえないし、原告がその行為によって増加させた費用であるともいえない。
 したがって、被告会社による相殺の抗弁は理由がない。
 (2) 原告は、上記抗弁について、時機に後れて提出された攻撃防御方法であるとしてその却下を求めるが、上記のとおり、訴訟の完結を遅延させることなく判断が可能であるので、却下しない。
第5 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告会社に対し、不法行為に基づき、損害賠償金110万円及びこれに対する不法行為後である平成24年9月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告会社に対するその余の請求並びに被告甲及び被告乙に対する請求はいずれも理由がない。
民事第6部
 (裁判長裁判官 谷口園恵 裁判官 田邉実 裁判官 岩下弘毅)