「改名すれば目が見えるようになるがチャンスは今だけ」との占いに従って改名を希望する婦人につき、改名を認める審判をしたら、後に目が見え始めたとの報告があった事案(名古屋家審審判年月日不明)

http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/2261/1/A03890546-00-071040141.pdf
加藤新太郎「職業としての法律家」早稲田法学71巻4号141頁

本来、名を変えると健康になるとか、字画を良くしたいという「迷信」に基づく改名は認められない(長崎家審昭和35年3月10日家月12巻8号144頁、名古屋家半田支審昭和44年3月19日家月21巻9号104頁等)。

魔法少女アニメの先駆け、魔法使いサリーの夢野サリー。昭和41年当時「沙」という漢字は人名に使えなかった(昭和51年に人名用漢字に)。パパは本当は沙理と名付けたかったのかも。サリを沙理に変更することを許可した事例(東京家審昭和40年9月30日家月18巻3号90頁)参照。 #名の変更

出生届出当時、当用漢字表人名用漢字表になかつたため子の名に用いることができなかつた「沙」という漢字が、昭和五一年に告示された人名用漢字追加表に掲げられたとしても、直ちに戸籍法一〇七条二項の「正当な事由」が在するものということはできないが、告示後の右漢字の一般的使用状況、命名時の事情、更には名の変更による社会的影響等を考慮した上、右「正当な事由」が存在するものと認め、「砂織」から「沙織」への改名を認めた釧路家帯広支審昭和54年5月14日家庭裁判月報31巻10号93頁もあります。

母が独断で付けた「精子」という名につき、本来子の名の命名の自由を有していた父の心情も無視することはできず、命名できなかったことへの不満からの改名の希望はできる限り斟酌されるべき理由があるとして、改名が許可された事案(那覇家審昭和47年10月30日家月25巻9号128頁) #名の変更

関連事案としては、出生届に際し、親権者の一方がほしいままに命名して届け出た名を、父母間で協議し合意のできた名へ変更することの許可を求めた事案につき、従前の名の届出の効力自体は否定できないが、従前の名が社会生活上いまだ定着していないと認められる特段の事情がある限り戸籍法107条2項の「正当な事由」があると解すべきであるとした上、子の年齢、現在の生育状況等から右の特段の事情が認められるとして、名の変更を許可した事例(山形家鶴岡支審昭和57年11月29日家庭裁判月報36巻3号161頁)や、出生した子の名は、父母が共同親権者である場合には父母が協議のうえ命名すべきものであり、その一方の意思に反し他の一方の意思のみに基づくものである限り、その届出は有効ではあるが命名は違法であるから、父母の双方が協議のうえ改めて名を定めた場合には、改名にともなう弊害が顕著であるなど特段の事情がないかぎり、その名に改名する正当な事由があるというべきであるとした(函館家庭裁判所審昭和45年10月22日家庭裁判月報23巻6号73頁)等があります。

父が娘に昔の恋人と同じ名をつけた後、その昔の恋人に「よりを戻そう」という趣旨の手紙をしたため、その草稿が妻に発見され、「一生涯子どもの名を呼ぶ度にこの耐え難い思いを呼び起す」として求めた改名が許された事例(前橋家沼田支審昭和37年5月25家月14巻9号112頁) #名の変更

申立人甲野京子(昭和三十七年三月二十六日生)は父甲野松夫(昭和十二年八月三日生)と母甲野竹子(昭和十四年十月二十二日生)との間に出生した長女である。
 しかして、右松夫と竹子とは昭和三十五年五月十日知人の媒酌によつて結婚し、爾来住所地である群馬県某所(温泉町)において遊戯場、射的場、つり堀等を経営し、冬季は右の松夫が貸スキーを営みその枷同人はスコーヤーのコーチ(準指導員)をもしたり等し、竹子はその妻として松夫を助け相携えて新家庭の建設にはげんで来たものであつて、夫婦間は円満かつ平和なうちに推移していた。
 しかるに松夫は竹子と結婚する以前一時東京都内の旅行案内所につとめたことがあり、その頃すなわち昭和三十二年頃、同都内の某製薬会社にタイピストとして勤務していた「梅野京子」なる女性と知り合うに至り同女と相思相愛の仲となつたのであるが、双方の家庭前な事情から結婚することができず、松夫は同女を諦め前記のように住所地に帰郷し前記竹子と結婚したのであつた。ところが昭和三十七年一月頃松夫が水上附近のスキー場に出掛けた際、偶然右梅野京子も同スキー場に来場しており、松夫と相会するや同女は松夫に対して今なお根強い恋情を抱いている旨を打明け、松夫より同人が既に竹子と新家庭を形成し長女の出産も間近かである旨を聞知したにも拘らず、松夫を誘い旧交を温めたい旨申し入れひそかに再会しようとはかつたため、右竹子の出産入院中松夫も亦梅野に宛てて恋情をこめた恋文をしたため、その草稿を自宅に捨て忘れていたところ四月十五日竹子が帰宅し右草稿を発見するに至つたものであつて、その文面によれば松夫は「現在結婚しているのを後悔し、妻や子供がいなかつたら二人で(梅野と共にの意)どこかへ行つてしまいたい。京子さんの為なら命も惜しくない」等というような容易ならざる文字を書きしるしておることを知り、竹子は愕然として驚きただちに松夫に対し事の真否をただし、併せで長女に松夫が「京子」と命名した事情についても詰問し、たとえ松夫が右梅野京子に対する恋情を温存しこれにあやかる意図からなしたものでないとしても武子の感情として這般の経緯を知つた以上、最早最愛の長女を呼ぶのにかくの如き名を以つてすることは母とし子として到底でき得ないところであつて、夫松夫の真情の如何によつてはただちに離婚しこの不愉快かつ拭うべからざる汚辱と訣別せんとまで決心したというのであるが、松夫も事の重大なのに気付き飜然その非を認め今後前記梅野なる女性とは一切交際をたち一家の平和をまもる旨を誓約するに至つたので、夫妻は右長女の名前を「京子」でなく「某」と改めることとし、出産祝にも「某」としるして披露し、ここに夫妻相携えてこの改名方の許可を求めるに及んだもので、右竹子の心情としては改名方を許可されないならば、終生長女の名を呼ぶ毎に右の如き耐え難い思いを呼び起すことともなり、かかる不愉快な記憶につきまとまわれるのであるならばむしろ離婚し、かような不愉快な感情と訣別したく考えている、というのである。
(当裁判所の判断)
 本件申立の趣旨およびその実情は前記のようであるが、その真意をそんたくするに、右「京子」なる名前を命名するに際しその母竹子は前記のような事情について全然関知しておらず、もしかような事情を知悉していたならば右の長女に命名するのに「京子」なる名称や文字を避けたであろうということは想像するに難くないのみならず、通常人としては誰しも当然避けるべきところと考えられるのであり、またこの名前を維持させることは右の長女自身にとつても穏当ではないであろうと考えられる。ましてやその両親にとつて不愉快な感情をかもしたり家庭の円満や平和を脅やかす要因となることは明瞭であるのみならず、家庭生活の破壊を来しかねないものと思料せられ、ひいては長女自身の幸福を阻害しその生活基盤をあやうくする可能性をもはらんでいるものと言いうる。
 それ故、右「京子」なる命名はそれ自体一種の錯誤によるものとも言い引べく、申立人自身の社会生活上に支障を及ぼすものと解しうるので本件申立は正当な理由のあるものと認められるので、戸籍法第一〇七条第二項、特別家事審判規則第四条によつて右申立を許可すべきものと思料する。
 よつて主文のとおり審判する。

性同一性障害者に戸籍上の男性的な名を強いることは社会観念上不当である一方、名の変更により社会生活に混乱が生じるような事情も見あたらないことから、変更後の女性的な名の使用実績が少ないとしても名の変更に正当事由がある(大阪高決平成21年11月10日家月62巻8号75頁) #名の変更

元暴力団員が名の変更許可を申立てたが、過去の経歴による支障等の証拠はなく、また、約5年前に氏を変更しており、短期間に氏及び名を変更することは、人の同一性の認識についての国家・社会の利益を損なうとして申立てを却下した事案(仙台家審平成11年1月5日家月51巻8号62頁) #名の変更

1歳の幼児と同姓同名の30才の者が約1500メートル先の町名も異なる地域に居住しているという事例において、名の変更を必要とする社会生活上の不便は認められないとして申立を却下した事案(札幌家審昭和38年12月26日家月16巻3号125頁) #名の変更

襲名による名の変更は、職業継承や慣習上欠かせない場合等特別な事情があり襲名をしなければ日常生活上著しい支障を生ずる虞れがある場合は格別、単に長男が家督相続に伴い襲名する慣行があるというだけでは正当事由はない(大阪家審昭和46年2月23日家月23巻11〜12号116頁) #名の変更

「正亀」をセイキと呼んでほしいが、みんな「まさかめ」と訓読みで呼ぶので、「正紀」に変えてくれと求めたが、結局「まさのり」と呼ばれることが十分予想されるとして申立てを却下した事例(那覇家コザ支審昭和49年5月2日家月27巻4号81頁) #名の変更