取材テープの文書提出義務につき、報道の内容性質、社会的意義、取材態様、将来の取材が妨げられる不利益と、民事事件の内容性質、社会的意義、証拠の必要性等を比較衡量し、取材源の秘密が保護に値する秘密かが決まるとした事案(大阪高決平成23年1月20日判時2113号107頁) #取材

第2 事案の概要
 1 本件申立ては,政治評論家であり,報道事業の取材活動に従事する抗告人が,その出演したテレビ番組において,相手方らの娘であり,日本政府が拉致被害者として認定した甲(以下「甲」という。)について,「外務省も生きていないことは分かっているわけ。」などと発言したこと(以下「本件発言」という。)について,相手方らが,真実は,外務省が甲が現在も生存しているとの立場であるにもかかわらず,外務省は甲が死亡していることを知っており,抗告人がそのことを外務省幹部から聞いたという虚偽を述べた点に違法性があり,甲の生存を願う相手方らの感情を害したと主張して,抗告人に対し,民法709条に基づき,慰謝料の支払を求めた本案事件において,抗告人は,本件発言をしたことは認めるものの,本件発言が,事実及び取材経過に裏付けられたものであって,虚偽ではなく,また,外務省が拉致被害者の問題についてどのような方針・姿勢で交渉すべきかという論点について,抗告人の見解を述べたものであり,言論の自由として保護されるべきものであって,違法性がないなどと主張し,抗告人が平成20年11月11日に外務省幹部に対して行った取材を録音したテープ(以下「本件テープ」という。)の一部を反訳した書面(証拠番号略。以下「本件反訳書面」という。)を証拠として提出して,不法行為の成立を争っているところ,相手方らが,本件発言が虚偽であることを立証するために,民事訴訟法(以下「民訴法」という。)220条1,3,4号を提出義務の原因として,抗告人に対し,本件テープとその全部の反訳書面の提出を求めたものである。原審は,相手方らの申立てのうち,本件テープについて提出を命じ,その余の申立を却下したところ,抗告人が即時抗告をした。
 (中略)
第3 当裁判所の判断
 1 本件テープの民訴法220条1号該当性について(231条により準用される場合を含む。以下同じ。)
   一件記録によれば,抗告人は,平成22年2月3日の本案事件第3回口頭弁論期日において,平成20年11月11日外務省幹部に対して取材した際に同幹部の述べた内容を記載した本件反訳書面を証拠として提出するとともに,同期日において,「2008年11月11日外務省幹部をインタビューしたところ,同人は拉致問題に関しては以下の趣旨を述べた(中略)(証拠番号略)」として,それに続き本件反訳書面の内容の要旨を記載した平成22年1月15日付け準備書面を陳述したことが認められるから,本件反訳書面を「訴訟において引用した」(民訴法220条1号)ことは明らかである。そこで,以下,抗告人が本件テープをも引用したといえるか否かについて検討する。
   録音テープの反訳書面はテープに録音された音声を文字化したものであるから,一般に,反訳書面を引用することは,同時に,同証拠の録音媒体であるテープの録音部分の存在及びその内容に言及したものとみることが可能である。本件反訳書面の表題部分をみても,「被告による外務省幹部インタビューの録音反訳の抜粋」と記載されており,本件反訳書面の引用により,本件テープの録音部分の存在及びその内容にも言及されたものと解して差し支えない。
   しかしながら,民訴法220条1号が「訴訟において引用した文書」(以下「引用文書」という。)につき提出義務を定めたのは,当事者が当該文書の存在及び内容を引用しながら提出しないことが,訴訟手続における信義則に反し公平性を害するからであり,そうとすれば,当該文書の存在及び内容について言及されたとしても,これを提出しないことが上記信義則に反し公平性を害するといえない場合には,当該文書は引用文書には当たらないと解するのが相当である。
   本件についてこれをみるに,一件記録によれば,抗告人は,報道事業の取材活動に従事する者として外務省幹部に取材する際,備忘のためその取材内容を本件テープに録音したものであり,本件テープには取材源となる者の発言内容のほか,その音声,言い回し,周囲の音などが機械的に正確に録音されていることが窺われ,したがって,上記取材源となる者の特定につながる情報が含まれている可能性が高いこと,上記取材源となる者は,自らの特定につながる情報や,対外的に開示が適当でない取材内容については開示されない前提で抗告人の取材に応じ,抗告人も開示しない旨約束した上で取材したものであること,そのため,抗告人は,本件テープそのものを提出した場合には上記取材源及び取材内容の秘匿義務を全うすることができないと考えたうえで,本案事件における主張立証の必要から,あえて,本件テープのうち本案事件に関係し,かつ文字情報の限度で開示しても上記取材源となる者に対する秘匿義務に反しないと判断した部分を抜粋して本件反訳書面を作成して提出したことが認められる。以上の経過に鑑みれば,抗告人には,本件反訳書面の提出に当たり,本件テープを引用する意思があったということはできず,客観的にも,上記のとおり,本件反訳書面の表題部分において,「被告による外務省幹部インタビューの録音反訳の抜粋」と記載して本件テープの存在及びその内容に言及したことは認められるものの,本案事件における抗告人の準備書面等による主張立証の内容は,本件反訳書面の反訳記載部分にほぼ沿ったものとなっており,それ以外の本件テープの内容について具体的,積極的に言及しているとは認められない。
   そして,報道機関による事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあり,報道機関の報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十分尊重に値するものであって,取材の自由の持つ上記のような意義に照らして考えれば,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有するものということができる(最高裁平成18年10月3日第三小法廷決定・民集60巻8号2647頁参照)。
   以上のような本件テープが録音された経緯,本件反訳書面を作成し本案事件に書証として提出した抗告人の意図,本案事件における抗告人の主張立証の内容と本件テープとの関係,報道機関の報道に関する取材源の秘匿の重要性等の諸事情に鑑みれば,抗告人が本件テープの提出を拒んだからといって,それが直ちに訴訟手続において信義則に反し公平性を害するとまでいうことはできない。したがって,本件テープについては,いまだ民訴法220条1号の引用文書には当たらないと解するのが相当である。
 2 本件テープの民訴法220条3号該当性について
  (1) 民訴法220条3号前段の「挙証者の利益のために作成され」た文書(以下「利益文書」という。)につき提出義務が認められるのは,文書の作成目的が挙証者の権利,法的地位を基礎づけるものであって,挙証者の利益のためであることから,挙証者がこの文書を証明手段として利用することを認めたものであるところ,本件テープは挙証者の利益のために録音されたものとはいえないから,利益文書に該当しない。
  (2) また,同条3号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)は,法律関係それ自体を記載した文書のみならず,その法律関係に関連する事項を記載した文書も含まれると解されるが,本件テープは,取材対象者の了解を得て録音した取材テープであり,挙証者と文書の所持者の法律関係を録音したものではなく,むしろ,抗告人がもっぱら備忘のため自己使用の目的で録音したものであるから,法律関係文書に該当しない。
 3 本件テープの民訴法220条4号該当性について
   民訴法220条4号ハにおいては,同法197条1項3号に規定する事項(技術又は職業の秘密に関する事項)で,黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書について,提出義務の除外事由があるとされているところ,本件テープのこの点の該当性について検討する。
   報道関係者の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので,取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは,当該報道の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該取材の態様,将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,その持つ社会的な意義・価値,当該民事事件において当該証拠を必要とする程度,代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきである。そして,取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有することに鑑みると,当該報道が公共の利益に関するものであって,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情がなく,しかも,当該民事事件が社会的意義や影響のある重大な民事事件であるため,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために当該証拠を得ることが必要不可欠であるといった事情が認められない場合には,当該取材源の秘密は保護に値すると解すべきであり(前掲最高裁平成18年10月3日第三小法廷決定参照),原則として民訴法220条4号ハの文書提出義務の除外事由を認めることができると解するのが相当である。
   これを本件についてみるに,本件発言は,報道事業の取材活動に従事する抗告人がテレビ番組において行った,朝鮮民主主義人民共和国による拉致被害者の生死についての外務省の認識にかかわる発言であって,公共の利害に関するものということができ,その取材の手段,方法が一般の刑罰法令に触れるようなものであるとか,取材源となった者が取材源の秘密の開示を承諾しているなどの事情は窺われず,他方,本案事件は,拉致被害者の生存を信じる相手方らが政治評論家である抗告人がテレビ番組で行った虚偽の本件発言により精神的損害を受けたとして抗告人に対し慰謝料の支払を求める私人間の民事訴訟であること,本件反訳書面の反訳の正確性,反訳範囲の相当性については本件反訳書面の作成者を証人尋問するなどの代替的方法によって確認することも考えられないではないことなどの諸事情を考慮すれば,当該取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現すべき必要性が高く,そのために本件テープを提出させることが必要不可欠であるといった事情は認められないから,当該取材源の秘密は保護に値すると解されるので,本件テープについては,民訴法220条4号ハの除外事由が認められるというべきである

「日本人による買春は中国へのODAみたいなもの」発言をした弁護士兼タレント(当時)につき、写真週刊誌がテレビ局社屋から出てきた際に無断で写真撮影しても、社会生活上受忍の限度を超えるだけの人格的利益の侵害が生じたとまでいえないとした事案(大阪地判平成20年7月17日) #取材

取材担当者から取材を受けた取材対象者が、取材担当者の言動等により、提供した素材が一定の内容、方法により放送に使用されるものと期待信頼した場合、原則としてその期待信頼は法的に保護されないとした上で、限定的例外を示した事案(最判平成20年6月12日民集62巻6号1656頁) #取材

放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。
 もっとも,取材対象者は,取材担当者から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて,その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから,取材対象者が抱いた上記のような期待,信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。すなわち,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容,方法で当該番組において取り上げられるものと期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。そして,そのような場合に,結果として放送された番組の内容が取材担当者の説明と異なるものとなった場合には,当該番組の種類,性質やその後の事情の変化等の諸般の事情により,当該番組において上記素材が上記説明のとおりに取り上げられなかったこともやむを得ないといえるようなときは別として,取材対象者の上記期待,信頼を不当に損なうものとして,放送事業者や制作業者に不法行為責任が認められる余地があるものというべきである。

この事案は極めて特殊であるが、判示の原則部分自体は広く解し得る。もし、現代日本社会の通念が「取材担当者が、取材対象者に、匿名という『方法』により報道に使用すると述べ、取材対象者がそれを期待したにも関わらず、取材対象者が実名を報道したということは取材対象者の法的に保護される利益を侵害したというべき」というものであれば、射程を狭く解する(事例判断としたり、例外部分を広く捉える)か判例変更が検討されるべきかもしれない。

参議院議員候補(当時)の選挙事務所を選挙戦期間中に向かい側の民家からビデオで盗撮したことが、撮影に気付いた候補者らの選挙活動に要らざる混乱を生じさせる可能性があることが容易に予見可能であり不穏当として損害賠償請求を認めた事案(新潟地長岡支判平成19年2月7日判時1984号71頁) #取材

有名芸能人がテレビ番組等で公開していたAVマニアとの性的趣向と同一性を有する記事の大半につきプライバシー侵害を否定したが、ビデオ店の防犯カメラ映像の公表は、肖像権侵害と同時に,その人格的利益を侵害したといえるとした事案(東京地判平成18年3月31日判タ1209号60頁) #判例

被告らは,平成17年3月15日,次の内容の記事及び写真を掲載した週刊誌「甲」同月29日・同年4月5日号(証拠番号略,以下「本件週刊誌」という。)を発売した。本件週刊誌の発行部数は41万8053部であった。
 ア (1)本件週刊誌の表紙において,「爆笑!超恥ずかし〜流出 乙丙ちゃん『AV』物色中だッ!」と記載した上,本件週刊誌13頁において,(2)「超ハズカシ〜 乙丙ちゃん 歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との見出しを記載した。
 イ 前記見出しの下に,防犯カメラとしか考えられないビデオカメラに映った人物の写真4葉(以下「本件写真」という。)を原告の姿であるとして掲載した。
 ウ 本件写真の説明として,(3)「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」との「(ビデオ関係者)」の発言記事と,(4)「AVへの並々ならぬこだわりが伝わってくるが……。」「『AVマニア』を公言する丙(41)」などとの記事を掲載した。
 エ (5)同ビデオテープの所有者の談話として,「歌舞伎町にある,丙ちゃんが常連にしている店だね。この日は夜11時過ぎ,ジャガーに乗って来店すると,SMモノを物色して,結局,女子高生の制服モノ1本を買っていったんだ。」との記事(以下,以上の(1)ないし(5)の各記載について,「本件記事(1)」というようにいい,(1)ないし(5)の各記載を併せて「本件各記事」ともいう。)を掲載した(本件写真及び本件各記事の内容については当事者間に争いがなく,発行部数については,約42万部という限度では当事者間に争いがなく,41万8053部であることについては,証拠番号略)。

(中略)
 1 争点(1)ないし(3)について判断する前提として,第2・1記載の事実に,証拠(証拠番号略)を総合すれば,次の事実が認められる。
 (1)ア 原告は,テレビ番組「丁」で放映されたとの対話を主たる内容とする本件書籍(証拠番号略)を戊と共著したところ,本件書籍には,アダルトビデオを見てみたいとの視聴者からの相談に対する回答として次の記載がある。
「丙 …ハハハハ。何が恥ずかしいんでしょうね。」,「丙 僕,そういうの,あんま恥ずかしいっていうのは……。」「戊 AVコーナー1人で入って,こうやってずーっと,棚,見んの?」「丙 全然見れますよ。大人のオモチャ屋とかも全然1人で入りますよ。」,「戊 1人で入って,買えんの?」,「丙 全然買えますね。あの,SMのピンポン玉に穴開いてるみたいな,こうやって口にくわえなあかんヤツ,あれ,大人のオモチャ屋で買うてこい言われたら,全然もう普通に買いに行けますよ(笑)。」「丙 …別に恥ずかしくないでしょう。」,「丙 どうしてもエロビデオが見たくてね。…」,「丙 で,レンタルで借りてくるんですけど,見るデッキが置いてないんですよ,フロントに。ほんでもう,しゃあないからテレビデオ買って。」,「丙 14型ぐらいのテレビデオ,カバンに詰めて,グワーッ担いで(笑)。フロントにばれんように必死なんですよ(笑)。」

(中略)

 2 争点(1)について
 以上の認定事実を踏まえて,まず争点(1)について判断する。
 (1)ア 日本国憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定し,個人尊重の原理を規定している。憲法の規定の性質上,同条は直接的には公権力に対する関係で定められたものではあるものの,個人の尊厳は人類普遍の原理であるから,私人間の法的関係においても,他人がこれを侵すことは許されず,そうした行為があった場合には,侵害を受けた個人は,その差止めを求め,被った損害の賠償を求め得ることは明らかというべきである。そして,個人尊重の原理からは,個人が自律的に社会領域の形成をすることを尊重することが求められるのであって,その自律的に形成される個人領域は,公権力はもとより,第三者からの侵害を許さないもので,その立入りが禁止される。こうしたことから,個人は,その自律的に形成した個人領域に関しての情報を第三者に秘密にしておく権利を有すると言え,これがプライバシーの権利の一内容を形成するものと評価し得る。
 他人に知られたくない私的な事柄をみだりに公表されないという利益であるプライバシーの権利は,法的には以上のように導かれるところ,それが保護されるための要件としては,(a)公表された事実が私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であり,(b)一般人の感受性を基準にして,当該私人の立場に立った場合,公開を欲しないであろうと認められる事柄であること,(c)一般の人々に未だ知られていない事柄であることが必要であると解するのが相当であって,そうした要件を具備した場合には,その侵害行為の差止めや侵害行為によって受けた損害の賠償を求め得るなど一定の法的保護が与えられると解される。
 イ この点について,原告は,プライバシーの権利が他人に知られたくない私的な事柄をみだりに公表されないという利益を含むことは認めつつ,さらにプライバシーの権利の法的性質を自己情報コントロール権と解し,これによれば非公知性の要件は不要ないし希薄化していると主張している。
 この点,情報社会の発展に伴って,プライバシーの権利の内容を,みだりに私生活に干渉されず,また,みだりに私生活上の事実を公開されない権利として理解するにとどまらず,自己に関する情報をコントロールする権利と理解する余地がないわけではない。
 しかしながら,プライバシーの権利を原告の主張するように自己に関する情報をコントロールする権利と理解すると,著名人が自己の氏名,肖像,姿態等の利用をコントロールする財産権と位置付けられ,その侵害に対しては通常,金銭的な填補で回復が可能で,侵害行為の差止請求権までは認め難いパブリシティの権利との外延が明確でないなどの問題が生じ得る。その上,上記のとおりプライバシーの権利の内容を把握したとしても,プライバシーの権利が重要な人格的利益として民事上保護される根拠は,前記アのとおり,個人尊重の原理から,個人の私生活上の平穏を確保し,当該個人の自律的に形成される個人領域を保持することを本質とすると解されるところ,既に当該個人が当該自己情報を自ら公表していた場合には,自らの私生活上の平穏を確保し,自律的に形成される個人領域を保持する上で,当該自己情報を秘匿する必要がないと判断し,その秘匿性をいわば放棄したものと解するのが自然であるから,かかる情報については,前記プライバシーの権利の趣旨に照らせば,法的保護に値しないと解するのが相当である。
 (2)以上検討したプライバシーの権利についての見解を前提に,争点(1)について理由があるかどうか判断する。
 ア まず,原,被告間においては,本件各記事の内容が前記プライバシーの権利の保護要件である(c)一般の人々に未だ知られていない事柄であるか否かについて,争いがある。
(ア)この点,先に認定したとおり,本件書籍等には,原告がしばしばアダルトビデオを好んで鑑賞しており,そのために自らアダルトビデオ店に出向いて借りることもあるけれども,そのことを何ら恥ずかしいとは感じていないなどといった内容が含まれている。
 これに対して,本件各記事の内容は,(1)本件週刊誌の表紙において,「爆笑!超恥ずかし〜流出 乙丙ちゃん『AV』物色中だッ!」と記載され,(2)本件週刊誌13頁において,「超ハズカシ〜 乙丙ちゃん歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との見出しの記載,(3)本件写真の説明として,「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」との「ビデオ関係者」の発言記事と,(4)「AVへの並々ならぬこだわりが伝わってくるが……。」「『AVマニア』を公言する丙(41)」との記載,(5)本件ビデオテープの所有者の談話として,「歌舞伎町にある,Xちゃんが常連にしている店だね。この日は夜11時過ぎ,ジャガーに乗って来店すると,SMモノを物色して,結局,女子高生の制服モノ1本を買っていったんだ。」との記載からなることは,第2・1記載のとおりである。
(イ)このうち,本件記事(1)ないし本件記事(4)については,前記本件書籍等において原告が公表した事実と比べると,本件記事(2)において「歌舞伎町」と本件ビデオ店の所在地を具体的に記載しているほかは,ほぼ同一の事実の記載である。(略)本件記事(1)ないし本件記事(4)の内容が未だ一般の人に知られていない事柄とまでは言い難いというべきである。
(ウ)a 一方,本件記事(5)は,本件ビデオテープの所有者の談話として,原告が歌舞伎町に所在する本件ビデオ店の常連であること,本件写真が撮影された当日の原告の来店時間,原告が興味を示したアダルトビデオの種類及び原告が購入したアダルトビデオの種類について明らかにするものであって,本件書籍等の内容をより具体的に詳細化した内容といえる(なお,本件記事(5)は,本件ビデオテープの所有者の談話として記載されているところ,上記所有者の氏名や本件ビデオ店の経営主体との同一性などその属性は明らかでなく,本件各記事の読者をしてその上記所有者が本件記事(5)の内容の発言をしたという事実を超えて,その発言内容が真実である旨思わしめるものというべきである。)。
 そして,原告がその陳述書(証拠番号略)で指摘するように,男性がアダルトビデオに興味を示し,これを鑑賞すること自体は一般的事象として受け止める余地はあろうが,具体的にいかなる種類のアダルトビデオに興味を示して購入しているかなどといった具体的事実については,当該個人の性的趣向までも窺わせる事項ともなり得ることからすれば,自己の最も私的な事項に属するものとして相当程度秘匿性の高い情報と解される
 (中略)
 エ 以上によれば,本件記事(1)ないし本件記事(4)は未だ公になっていない事実とは認められないから原告のプライバシーの権利を侵害したとはいえないものの,本件記事(5)は原告のプライバシーの権利を侵害するというべきである。

 3 争点(2)について
 (1)人は,私生活上の自由の1つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものと解される。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許される場合もあり,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当である(最高裁判所昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,最高裁判所平成17年11月10日第1小法廷・裁判所時報1399号15頁参照)。
 そして,掲載された写真自体からはその被写体である人物の容ぼう等が肖像権侵害を訴えている当該個人の容ぼう等であることが明らかでない場合であっても,写真の説明文と併せ読むことによって読者が当該個人である旨特定できると判断される場合や読者が当該個人であると考えるような場合には,撮影により直接肖像権が侵害されたとはいえないものの,当該個人が被写体である人物本人であったか否かにかかわらず,当該個人が公表によって羞恥,困惑などの不快な感情を強いられ,精神的平穏が害されることに変わりはないというべきであるから,やはり撮影により直接肖像権が侵害された場合と同様にその人格的利益を侵害するというべきである(以下,このような人格的利益を「肖像権に近接した人格的利益」という。)。
 (2)これを本件について検討するに,証拠(証拠番号略)によれば,本件写真の人物の容ぼう等はいずれもやや不鮮明であることが認められ,本件写真の人物が原告である旨本件写真自体から特定できるとまでは言い難いけれども,前記認定事実及び証拠(証拠番号略)によれば,本件写真には,その右下部分に本件写真の説明として,本件各記事,すなわち「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」(ビデオ関係者),「『AVマニア』を公言する丙(41)とはいえ,…」との記載があること,上部には「乙丙ちゃん」「歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との記載があることが認められ,これらの本件各記事の記載と併せ読めば,本件週刊誌の読者は,その真偽はともかく,本件写真の人物がいずれも原告であると考えるというべきである。
 また,本件写真は,帽子を目深にかぶった男性が腕組みをした状態で店内の陳列棚をながめている様子を撮影した写真3葉,女性らしき人物が写っているアダルトビデオのパッケージを手にとって眺めている写真1葉から構成されているところ(証拠番号略),本件写真の撮影は,その写真の人物の視線等からいって,当該人物の撮影に対する事前の了承が得られていると認められず,他にこれを覆すに足りる証拠もない。
 そして,本件写真の撮影態様及び入手経緯については,原告が訴状で本件写真がビデオショップの防犯カメラとしか考えられない角度・精度で撮影されていると主張していたのに対し,被告らは,平成17年10月3日付け準備書面(2)において「なお,本件写真の元となったビデオがその撮影位置などから,防犯ビデオであろうと思われることについては特段争うものではない。」としている。
 以上の事実からすれば,本件写真が本件ビデオ店の店内に設置された防犯ビデオによって撮影された映像であると認められる。そして,被告会社は,この映像を本件ビデオ店経営者などから直接又は間接的に本件写真を入手したものと解されるが,原告において,店内に設置された防犯ビデオによって姿態が撮影されるであろうことは予想されたとしても,その映像が被告会社の手にわたって本件週刊誌に掲載されるであろうことについては到底予想しうるものとは言い難い。
 (3)証拠(証拠番号略)によれば,本件写真は,本件各記事と相俟って帽子を目深にかぶった原告がアダルトビデオを購入するためにアダルトビデオを選んでいる様子を撮影したものと認められるところ,原告とされる人物が帽子を目深にかぶっていることからすれば,第2・1記載のとおり,原告が著名な芸能人であることを鑑みても,撮影の対象となった原告とされる人物が本件ビデオ店でアダルトビデオを物色する姿を目撃されることを欲していないことが窺われる。
 また,そもそも防犯ビデオについては,当該店舗内等がビデオ映像が撮影されていることを同所を訪れた者が認識することにより犯罪行為を行うことを抑止する効果を期待するとともに,同所において犯罪行為が行われた場合には,その映像を捜査機関に提供するなどすることにより犯罪者の検挙に資することを主たる目的とするものであって,その撮影された映像が写真週刊誌等に公開されることを予定しているものではない
 さらに,証拠(証拠番号略)によれば,本件週刊誌には,見出しとして「爆笑!超恥ずかし〜流出」「超ハズカシ〜」との記載があることが認められ,被告らとしても,本件写真を公開した場合に,原告が羞恥心を覚えることは十分に認識していたものと認められる。
 以上の事実を総合考慮すると,本件週刊誌に本件写真を掲載して公表する行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,原告の肖像権に近接した人格的利益を侵害するものであって,不法行為上違法であるとの評価を免れない。

「ゴルフ場を泣かせる超大物弁護士の悪質な訴訟ビジネス」と題しある弁護士の訴訟活動を悪質な訴訟ビジネスと指摘した週刊誌記事が、取材の経緯に鑑み、それを真実と信じることに相当の理由があるとされた事案(東京地判平成16年6月2日判時1866号70頁) #取材

懲戒事例につき、自由と正義2007年3月号参照。

報道機関のインタビューに対し被告人等が供述している状況が録画されているビデオテープについて、その一部の証拠能力を肯定した事案(和歌山地決平成14年3月22日判タ1122号464頁)。なお、当該論点のリーディングケースは最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁 #取材

なお、同事件に関し、カレーライスへの毒物混入事件及び保険金詐欺事件等の公判時に法廷内において原告の写真を隠し撮りし、これを写真週刊誌に掲載したことが肖像権侵害にあたるとされた事例(大阪地判平成14年2月19日判例タイムズ1109号170頁)もある。

会社の経営者とその妻との間の民事訴訟の内容等につき訴訟記録を閲覧して作成した週刊誌の夫婦間の生活上のトラブル等に関する興味本位の記事がプライバシー侵害の不法行為に当たるとされた事例(東京地判平成13年10月5日判時1790号131頁) #取材

記者とカメラマンが財務局内で財務局長にフラッシュをたき、逃げる局長の前に立ちはだかり、抱きかかえるようにして顔の撮影を可能にしようとしつつ「この野郎」「逃げるのか」「どこまでも追いかける」等と暴言を吐いた取材手法が違法とされた事案(東京地判平成9年9月26日判タ979号183頁) #取材

証拠(証拠番号略、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
(一)被告両名は、甲信用組合の乙理事長の原告に対する接待事実の有無について、原告本人に直接取材すべく、平成八年四月一一日午前八時五六分ころ、札幌第一合同庁舎一一階の北海道財務局秘書室ドアと中央エレベーターとの間付近の廊下で待機していたところ、東側エレベーター方向から局長室前廊下を秘書室方向に歩いてくる原告を認め、急ぎ丙を先頭に、その左斜め後ろに丁が続く形で原告に近づき、原告が局長室ドアと秘書室ドアの中間付近の廊下にさしかかり、被告両名との距離が約三、四メートルほどになったとき、丙において、「戊ですが。」と言いつつフラッシュを焚いて写真撮影を始めた
 これに驚いた原告は、とっさに左手に所持していた鞄を掲げ、頭を下げ、顔を隠すようにして、秘書室ドア方向に行きかけたが、被告両名が立ちはだかっていたため、局長室の廊下側ドアから局長室に入室しようとして、前屈みになったまま局長室ドアの方向に後退を始めた。
 丁は、自らも「戊という雑誌ですが。」と名乗りつつ、「甲信用組合の乙理事長の接待を受けていますか。」などと発問したが、原告が答えず、前記の姿勢のまま被告両名から逃れようと局長室ドアの方へ向かったため、原告の身体の左斜め後ろに取り付き、抱きかかえるようにして、原告の顔を撮影が可能なように仰向かせようとしながら、「辛さん、そういう事実はあるんですか。」などと発問を続け、取材を継続した。丙は、原告が顔を下げていたため、「このやろう。」「顔を上げろ。」などと声を出しながら、撮影を続けていた
(二)己は、そのころ、トイレに行こうと秘書室ドアを出たところで、局長室前廊下付近でフラッシュが連続して焚かれ、大声がして、戊云々と言っているのに気づいた。
 己がその方向をよく見ると、原告が局長室前の廊下で身を屈めており、一人の男性がフラッシュを焚いて原告を撮影しており、もう一人が原告の左横後方で原告を抱きかかえるようにしているのが分かったため、直ぐにそばに駆けつけ、「何やっているんですか、やめてください。」と言って止めようとしたが、無視されたため、一人ではどうにもならないと考えて直ぐに庚を呼びに行き、二人で戻って来て、局長室ドア前で己が原告と丙との間に体を入れ、右手で丙のカメラを下から上に払ったり、カメラのレンズをつかんだりして撮影を妨げようとし、庚が丁と原告との間に体を入れた。
 原告は、それまでに、被告両名から逃れようと身体を動かすなどし、局長室ドアのノブに手を伸ばして開けようとした(局長室のドアは、鍵がかかっていなかった。)が、丁がその手を払うようにして明けさせまいとしていたため、局長室に入れないでいたところ、庚が丁と原告の間に割って入ったので、ドアを開けて局長室に入り、内部から施錠した。
(三)丁と丙は、己に対し、取材活動を妨げられたとして文句を言い、さらに、丙は、己からカメラをつかまれるなどしたときにレンズフードが一部壊れたため、このことについても己に文句を言って、名刺を要求するなどした。この間、丁は、局長室の廊下側ドアをたたき、ノブをがちゃがちゃ回しながら、「辛さん。」と原告の名を何度も呼び、さらに「逃げるのか。」「堂々と取材に応じろ。」などと大声を出していた。
 己は、その場から被告両名を離そうと考え、「とにかくこちらに来てください。」と言って、先頭に立って第二会議室の方向に被告両名を誘導したが、途中、秘書室ドアが開いていたため、被告両名は秘書室に入り、丙は、同所にあるソファーに腰を下ろした。丁は、秘書室から局長室に通ずるドアをたたいて「辛さん、堂々と取材に応じて下さい。」、「逃げるのか。」などと、声をかけたところ、「逃げるつもりはありません、広報を通してください。」との返事が返ってきたので、なおも発問を続けたが、その後は応答がなく、丁は、「どこまでも追いかけるからそう思え。」などと言った。
(四)そのころまでに、壬総務課長が被告両名のところに来て、お引き取りいただきたいと退去の要求をした。丙は、己を呼んできて欲しいと要求し、同所に戻ってきた己に、レンズフードが壊れたこと、二度とこんなことがないようにして欲しい旨を述べ、己から名刺を受け取った。己は、その際、自分が破損の原因を作ったとしたら申し訳ないと述べた。
(五)被告両名は、原告が結局取材に応じなかったことから、あきらめ、退出した。
(六)原告は、右出来事にショックを受け、また、丁が「どこまでも追いかけるからそう思え。」などと発言したこともあって、当日予定されていた函館への出張や打合せ、面談などを取り止めた。
(七)なお、被告両名は、本件の取材について、あらかじめ、原告や北海道財務局に対し、申込や予告をしてはいなかった。

秘密文書入手手段として利用する意図で女性公務員と肉体関係を持ち、同女が依頼を拒めない状態にして秘密文書を持ち出させる等取材対象者の人格を著しく蹂躙した取材行為は、正当な取材活動の範囲を逸脱するとして国公法違反を認めた事案(最判昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁) #取材