通行中の被害者に対し「今日のパンツは何色」などと申し向け、公共の場所において、人を著しく羞恥させ、かつ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をした事を理由に迷惑防止条例違反で有罪とした事案(東京高判平成22年12月17日東京高裁判決時報刑事61巻1〜12号342頁)

第1 原判決が認定した罪となるべき事実を適宜要約・補足して示す。
  被告人は,常習として,(1)平成22年5月4日午前8時10分ころ,埼玉県久喜市内の路上で,通行中の被害者甲(当時16歳。呼称は当審の秘匿決定による。以下同じ。)に対し,「それじゃあパンツ見えるよ。今日のパンツは何色。」などと申し向け,(2)同日午後11時25分ころ,同市内の歩道上で,通行中の被害者乙(当時21歳)に対し,ことさらに自己の陰茎を露出して示した上,自慰行為をして見せ,もって,公共の場所において,人を著しく羞恥させ,かつ,人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をした。
第2 法令適用の誤りの論旨について
1 論旨は,要するに,本件各行為は埼玉県迷惑行為防止条例(以下,単に「条例」という。)2条4項に該当しないから無罪であるのに,これに該当するとして被告人を有罪とした原判決は法令の適用を誤ったものである旨主張する。
  しかし,本件は原審では争いのない事件であったから,原判決には所論に関連した判断は示されていないが,被告人の本件行為に対し条例を適用したことに誤りはなく,論旨は理由がない。
  以下,所論に即して補足して説明する。
2(1)ア 条例2条4項は,「何人も,公共の場所又は公共の乗物において,他人に対し,身体に直接若しくは衣服の上から触れ,衣服で隠されている下着等を無断で撮影する等人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」と規定されているところ,所論は,上記「撮影する等」の「等」は「人を著しく羞恥させ,又は不安を覚えさせるような,あらゆる卑わいな言動を含む」とするのは,「等」に,明示されていない非常に広い意味を持たせることとなって,罪刑法定主義に違反し,法定手続を保障した憲法31条に違反すると主張する。
イ しかし,「人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」との文言は,一般人の性的道義観念に反し,他人に性的恥じらいを感じさせ,又は,他人に身体に対する危険を感じさせ,あるいは心理的圧迫を与えるようないやらしく淫らな言動を禁止したものと理解でき,通常の判断能力を有する一般人において,具体的場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能ならしめるような基準を読み取ることが可能といえる。所論も,単に「人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」旨を規定する他の都県の条例については,構成要件は明確であるとしている。
  そうすると,そういった理解をより明確なものとすべく定められている「身体に直接若しくは衣服の上から触れ,衣服で隠されている下着等を無断で撮影する等」の例示部分が所論のように「等」の文言に広い意味を含ませることにはならない。
  所論はその余の点について判断するまでもなく,その前提において失当である。
(2)ア 所論は,公共の場所等で,陰茎を露出し,自慰行為をして見せる行為は,公然わいせつ行為として刑法174条に該当するが,その刑は「6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となっており,行為者がその常習者であっても刑の重さが変わらないのに対し,この行為を「人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」であるとして条例2条4項を適用した場合,条例12条1項1号により6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に,常習者については同条2項により1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられることになり,同一行為につき法律よりも重い処罰ができることとなるから,「法律の範囲内で条例を制定できる」とした憲法94条,「法令に違反しない限りにおいて」「条例を制定できる」とした地方自治法14条1項に反することになり,許されないと主張する。
イ 確かに,条例2条4項に該当する行為には公然わいせつ行為が含まれる場合があり得る。
  しかし,条例2条4項は,刑法174条と構成要件を異にしていることは明らかであるから,同条と矛盾抵触してはおらず,所論がいうように,同一行為について条例が法律より重く処罰することにはならない。
  そして,そういった規定振りに合理性があることは,その目的にあり,検察官も答弁書で主張するように,条例2条4項は,県民生活の平穏を保持することを目的として,それを害する危険性のある行為を禁止しようとするものであって,健全な性秩序ないし性的風俗を保護するのを目的とする刑法174条とは目的を異にしている。
  この目的からして,条例2条4項違反行為について,条例12条1項1号及び2項が刑法174条よりも重い刑罰を定めているからといって,その合理性に疑問は生じず,憲法94条,地方自治法14条に違反することにはならない。
ウ 原判決は,所論も公然わいせつ罪には当たらないとする原判示1の事実と共に原判示2の事実を,常習一罪の一部をなすものとして条例違反の犯罪事実としているから,原判示2の事実が公然わいせつ罪にも該当し得るからといって,条例を適用することが許されないことにはならない。