都市ガス漏出が起こった際の修理業務に就いていた労働者が寮に寄宿していた場合の不活動時間につき、実稼働時間と対比しての不活動時間の長さや不活動時間中の従業員の広汎な自由をも勘案し、不活動時間は労基法上の労働時間には当たらないとされた例(大道工業事件・東京地判平成20年3月27日労判964号25頁)

(1) 労基法所定の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは,このような時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定められるものと解される(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。
(2) そこで,これを本件につきみると,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は原告らに対し,シフト担当時間帯に本件委託業者から修理依頼があれば,これに応じて,可能な限り迅速に現場に赴いて,工事に着手することを義務づけていたと認められる。そして,以上に加えて,本件委託業者から修理依頼のある回数・時期が不定期・不規則であること(前提となる事実(4),エ)をも勘案すると,原告従業員にとって,シフト担当時間帯は修理依頼に応じて労務提供の可能性を内包する時間であったといえる。
 また,前示のような被告から原告ら従業員ヘの業務命令の内容や,前提となる事実(4),アの本件寮の整備状況及び原告ら従業員の本件寮への入寮状況並びに証拠によると,労働契約上義務づけられていたとまではいえないものの,少なくとも,原告ら従業員は,事実上,本件寮への寄宿を余儀なくされていたと評するのが相当である。
(3) 他方,原告ら従業員の勤務実態及び本件不活動時間における活動・行動の実態を具体的にみてみると,次のとおりである。
 ア まず,本件工事全体の実態についてみると,証拠によれば,[1]本件委託業者からの修理依頼には,予め,工事時間を予告しておくものもあり,同業者から寄せられたすべての依頼に迅速な対応が求められていたわけではないこと,[2]本件対象期間中の各シフト類型(作業内容による整理である。)ごとの出動回数等を整理したものが別表3のとおりであるが,これによると,最も出動回数が多いシフトで平成16年に368回,同17年に352回であり(割合は日に1件前後のものとなる。),また,午後9時から翌日午前9時までの間の深夜・早朝時間を含んだ時間帯の出動も,最も出動回数が多いシフトで平成16年で40回,同17年で50回程度であること,さらに,車両等の運転作業を担当するシフトでは,その出動回数は,多いもので平成16年の282回,同17年で278回であり,取り分け,ブレーカー担当のそれは平成16年に171回,同17年に183回と格段に少ないこと,そして,[3]原告ら従業員はこれらの各シフトをローテーションにより担当していたこと,以上の事実が認められる。これらの事実によると,本件委託業者からの修理依頼は,全体としてみると,その頻度は日に1回程度で,深夜・早朝時間帯には少ないといえる。また,車両運転業務の出動回数は比較的少ないと評されるが,証拠によれば,原告ら従業員は相当回数,この車両運転業務を担当するものと推認され,このことをも勘案すると,原告ら従業員が実際に出動する頻度は平均で1日に1回以下となる。
 イ 次に,原告らの勤務実態につきみると,原告らが本件対象期間中の自身のシフト・作業時刻・作業場所の別を整理したのが甲2の1ないし同の4であるところ,このうちのシフト・作業時刻・作業場所が比較的詳細に網羅されているとみられる部分(これは,原告らにおいて,労働状況の記録化を意識した結果とみられ,原告らの勤務実態を相当程度,反映しているものと認められる。)を基礎として考察を加えると,例えば,平成17年10月ないし12月までの間の各月の原告らの,[1]シフト担当回数,[2]午後10時から翌日午前5時までの時間帯に出動した回数,[3]1シフトの時間帯に複数回出動した回数,[4]1シフトを通じての実稼働時間(出動から,作業の着手・完了,そして,本件寮へ戻るまでの一連の時間)の合計が8時間を超える回数,[5]1シフトを通じての実稼働時間の合計が5時間以内となる回数(1シフトを通じて出動がなかった回数を含めており,その回数は括弧内に記した。また,シフト担当日であるにもかかわらず,出動の記載がない空白日は出動回数がないものと認めた。)は別表4のとおりとなる。
 これによると,原告らの平成17年10月から12月までの3か月の勤務状況は前記アの認定に概ね沿うものであり,また,実稼働時間が5時間以内となる日も相当数あることからすると,24時間シフトであっても,その担当時間帯において実稼働時間が占める割合は小さく,むしろ,不活動時間が占める割合の方が格段に大きいと認められる。
 ウ 加えて,本件不活動時間における原告ら従業員の状況をみてみると,当事者間に争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,[1]日中の本件不活動時間において従業員は私服で,その生活拠点である本件寮の自室でテレビを鑑賞したり,パソコンに興じるなどしていたこと,[2]被告内で労働組合が結成され,従業員がその労働条件を意識し始めるようになった平成17年2月以前には,シフト時間帯であっても,複数の従業員が本件寮内の一室に集合して麻雀に興じたり,飲酒をすることもあったこと,[3]本件拠点には,本件寮の賄い業務を担当するAのほかは,本件工事に従事する従業員しかおらず,これら従業員の管理を行う社員は置かれていなかったこと,[4]シフト時間帯であっても,原告ら従業員の本件不活動時間帯の外出には特段の規制はなく,携帯電話を所持して買い物のため外出することは可能であったほか,平成12ないし13年ころのことではあるが,中にはシフト時間帯であっても本件拠点近くにあるパチンコ店や,飲食店へ外出する従業員がいたこと,以上の事実が認められる。もとより,本件不活動時間に原告らも食事・入浴などの日常活動を行っていたことは当事者間に争いがない。
 以上によると,原告ら従業員の本件不活動時間帯の活動・行動様式は,社会通念に照らすと,自宅からの通勤労働者が自宅で過ごすのとさほど異ならないものであったと評するのが相当である。
(4) そこで,上記(2),(3)を前提として,本件不活動時間の労働時間該当性につき判断すると,労務提供の可能性があるという意味では,本件不活動時間であっても,原告ら従業員の活動・行動には一定の制約が及んでいたことは否定できないものの,原告ら従業員が1回のシフト時間帯に現実に労務を提供する回数や実稼働時間,そして,その逆の関係となる本件不活動時間の長さに加え,本件不活動時間中の原告ら従業員の活動・行動様式をも勘案すると,シフトの開始・終了時刻が,始業時刻・終業時刻と同様な意味での拘束性を有するものとは直ちに評し難く,むしろ,本件不拘束時間において,原告ら従業員は高度に労働から解放されていたとみるのが相当である。すなわち,本件不活動時間が被告の指揮命令下に置かれていたとは評価するには足りない。
(5)ア 以上に対し,原告らは,[1]本件工事は緊急性が高いため,本件委託業者の修理依頼があった時点から5分以内に現場ヘ出動し,現場へは1時間以内に到着することが求められていたこと,[2]原告らが従事する実稼働には,作業時間が長時間にわたるものや,24時間シフトが連続するため稼働時間も連続し,その合計が長時間にわたることも少なくなかった,[3]このようなことから,本件不活動時間においても,原告ら従業員は,全く予期できない本件委託業者からの修理依頼に備えて精神的緊張を強いられていたとして,原告ら従業員はシフト時間帯においては本件寮に待機することを余儀なくされていたものであるから,同時間帯はいわゆる「手待時間」であって,被告の指揮命令下に置かれている時間であると主張する。しかしながら,原告らの上記主張は次のとおり,いずれも採用することはできない。
  (ア) まず,原告らの主張[1]は,証拠に照らしてもこれを認めることはできず,かえって,上記証拠に加えて,証拠をも勘案するならば,本件委託業者からの修理依頼が入った際も,シフト担当の従業員の多くは私服で,依頼があってから初めて作業服に着替えるなどして集合体制を整えて始めていたため(なお,中には,修理依頼があってから,食事を摂り始める者や,パチンコ店へ外出していたため,同店舗へ甲が出動依頼があったことを告げにいったこともあった。),通常,修理依頼が入ってから,所要の人員が集合して出動に至るまでに約10ないし15分程度を要していたこと,また,現場へ到着するのに1時間以上の時間を要した場合もあったが,そのような場合でも,東京ガスや本件委託業者から苦情・注意がされたことはなかったことが認められ,してみると,原告ら従業員が原告らが主張するほどに迅速な出動が義務付けられていたとはいえない。そして,このことに,前示のとおり,本件不活動時間が長時間にわたることがほとんどであったことをも勘案すると,修理依頼があるまでの不活動時間帯と同依頼に応じて現実に労務を提供する時間とは,時間的な連続性を欠くものというべきであって,これを一体のものと評価するのは相当でないというべきである。
  (イ) 次に,原告らの主張[2]については,確かに,シフトの間隔,そして,これに伴う出動の頻度や実稼働時間の長さと次の作業までの間隔の長短等によっては,労働時間該当性の判断に影響を及ぼす事情となることは否定できないところであり,また,証拠によれば,原告らの実稼働のパターンとして,例えば,平成17年11月2日から3日にかけての原告甲野のように,11月2日午後1時50分に出動して午後8時28分に本件寮に戻り,また,午後8時45分に出動して翌日午前3時ころに本件寮に戻った後に,11月3日の24時間シフトに入り,午前9時から午後1時30分ころまで実稼働するという場合も存することが認められる。しかしながら,上記証拠によっても,このようなことは月に1,2回生じ得る程度の稀な事象にとどまるといえ,原告らの労働実態全体の特徴を示すものとはいえないから,この点も前記の判断を左右するには足りない。
  (ウ) 最後に,原告らの主張[3]については,確かに,シフト担当時間帯を通じて原告らに労務提供の可能性があり,また,事実上,その居住地を含めた滞在場所が制約されていたとみられることは前示のとおりである。しかしながら,前示のような,シフト担当日の不活動時間の長さ・継続性,本件不活動時間帯における従業員の活動・行動様式,加えて,原告ら従業員は「可能な限り」迅速に現場に赴いて,工事に着手することが義務づけられていたものの,これは,出動体制が整い次第,速やかに出動することを命じるにとどまるとみられることを勘案すると,本件不活動時間帯において,原告ら従業員が受ける場所的・時間的拘束の程度は,職務ないし業務の性質上,就業場所近くに居住しつつ,労務を提供すベき事態が発生した際にその旨の連絡に応じて労務提供を行い,それまでは居住地ほかで待機するという,いわゆる「呼出待機」の場合にみられるような抽象的な場所的・時間的拘束に類するものといえ,したがって,本件不活動時間を「手待時間」と同種のものと評することは困難というべきである。なお,原告らがいう精神的緊張については,前示のような原告ら従業員の本件不活動時間における活動・行動様式に照らすと,直ちに採用し難い。
 イ また,原告らは,本件工事に従事する従業員の人数に制約があるため,休日が少ないことを問題視するようである。確かに,証拠によれば,原告らが本件対象期間中に24時間シフトを担当した回数は少なくなく,その意味では,原告らが労務からの完全な解放となる休日の増加を要望することも首肯し得ないではないが,休日の多寡の問題と本件不活動時間の労働時間該当性は別個の問題というほかないから,何ら,上記の点は前記判断を左右しない。
 ウ そして,他に,本件不活動時間が労働時間に当たることを基礎づけるに足りる的確な事情も見当たらない。
(6) 以上によれば,本件不活動時間が労基法上の「労働時間」に当たるとはいえないから,実労働の有無を問わず,シフト担当時間帯のすべてが「労働時間となるとの原告らの主張はその前提を欠き,採用できない。したがって,原告らの本件各請求が認められるためには,実際の労働時間に基づき,割増賃金の対象となり得る労働時間を特定する必要があるところ,原告らの主張はそのようなものとなっていないので(なお,原告らの請求には,深夜割増賃金の対象となる時間帯の実労働時間を摘示する部分があるが,本件では,この労働時間の割増賃金を1.25の係数で計算していることから,これを時間外労働として請求・主張していることは明らかである。),時間外労働に係る割増賃金の支払を求める原告らの主張は失当となる。