大阪府警の犯人識別供述に関する旧態依然の実務に対し「一刻も早く本件のような旧態依然たる捜査方法を改められることを切に要望する」と警鐘を鳴らした事案(大阪地判平成16年4月9日判タ1153号296頁) #蛇足

 なお,最後に一言,本事件の審理を担当して当裁判所の感ずるところを述べておきたい。
  犯人識別供述は,実務上,有罪立証のための極めて重要な証拠であるとともに,前述のとおり固有の問題性を内在させていることから,その採取の方法や信用性の判断を誤ると,冤罪の温床ともなりかねない危険性を孕んでいる証拠である。そのため,犯人識別供述の信用性を巡っては,これまでも多数の裁判例や裁判実務家の論考が蓄積されてきたし,また,近時は,ロフタス等を嚆矢とする認知心理学上の研究成果にも目覚ましいものが認められる。
  そして,このような裁判例や諸研究の成果によって,今日ほぼ一致した理解が得られているのは,
第1に,犯人識別過程においては,捜査官側において,極力目撃者に暗示を与えないように勤めなければならないこと,
第2に,その意味からして,強い暗示を与えやすい単独面通しはできる限り避けるべきこと,
第3に,犯人識別に関しては,目撃者の初期供述が極めて重要であり,その意味からも,初期供述の保全に可能な限り努めなければならないこと,
第4に,その反面,犯人識別に関する供述者の主観的確信は,あまり当てにはならないこと,
以上の4点であった。
  ところが,本件の捜査過程においては,これら4点の帰結はいずれも無視される結果となってしまい,第1に,B被害者の初期供述については,前記被害届以外には全く保全されていないし,第2に,同被害者に対してはいきなり単独面通しが実施され,さらに,第3には,その単独面通しに先立ち,警察官から同被害者に対し強い暗示を与える言辞が弄され,その結果,第4として,ほとんど同被害者の主観的確信そのものでしかない本件犯人識別供述のみに基づき,被告人が逮捕・勾留され,起訴されるに至っているのである。
  特に,単独面通しの危険性については,最高裁判所が,いわゆる板橋の強制わいせつ事件に関する平成元年10月26日の判決(裁判集刑事253号167頁,判時1331号145頁,判タ713号75頁)で,単独面通しの方法は暗示性が強いためできるだけ避けるべきである旨警告を発しているにもかかわらず,本件のみならず,他の事件においても,警察がこの警告を無視して,依然単独面通しの方法を多用していることは,誠に憂慮に堪えないところである。
  誤った犯人識別供述で事件を立件することは,冤罪を生む危険を有しているばかりか,真の犯人を取り逃がす結果にもなりかねないのであって,二重の意味で重大な問題を含んでいると言わねばならない。
  今後,大阪府警が,先に述べた最高裁判例を初めとする近時の裁判例の動向や認知科学上の研究成果に学び,一刻も早く本件のような旧態依然たる捜査方法を改められることを切に要望する次第である