公訴事実を1年〜6年の間のどこかとする無断出国被告事件につき、訴因不特定を理由に公訴を棄却するに当たり、捜査官の苦労に同情を示した事例(東京地判昭和35年2月26日判タ101号78頁) #蛇足

日本全国どこからでも夜隠に乗じて出国することができる、しかも、事前にこれを探知することは不可能に近い、事件直後にこれを知ることさえ容易ではない、目撃証人等直接証拠があることは稀れである、この種事件の犯人は、捜査官に対し黙秘戦術に出るのが普通である等、実際捜査官の苦労は並大抵ではないであろう。われわれも、個人的には、捜査官の立場に対し、同情を禁じえない。しかし、裁判官としては、かような個人的感情に動かされないのが職業上の義務である。捜査が困難なのは、なにもこの種事件にかぎらない。この種事件は、単に一般的に捜査が困難であるというにすぎない。すべての捜査困難な事件について、その困難の度合いに応じ、適宜公訴事実の記載の明確性をゆるめてよいというのであるならば、一応筋のとおつた理論であるといえる。しかし、それにも限度があるはずである。なぜなら無制限にこれを許すならば、公訴事実の特定について厳重な規定を設けた法の趣旨は、全く没却されてしまうからである。