ポッキーゲームから強制わいせつを行った事案につき、暴行・脅迫を加えてわいせつ行為をしたと断定するには合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡した奈良地判平成21年4月30日の全文掲載


       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

第1 公訴事実
   本件公訴事実は次のとおりである。
   被告人は,通行中の本件女性(当時21歳)に強いてわいせつな行為をしようと企て,同女に家まで送る旨申し向けて自己が運転する普通乗用自動車に乗車させ,平成20年7月20日午後10時55分ころ,奈良市…路上に停めた同車内において,同車右側助手席に座っていた同女に対し,いきなりその眼鏡を取り上げ,右肩を左手で押さえ付けて覆い被さり,その反抗を抑圧した上,同女に接ぷんをし,その右胸を左手でわしづかみにしてもてあそび,右乳首をなめ回し,同女の後頭部を左手で押さえ付けて口淫させ,さらに,同市…所在の…公園まで同車を走らせた後,同女の手首をつかんで同公園内に引きずり込み,同日午後11時5分ころから同日午後11時20分ころまでの間,同所において,同女に対し,その両肩をつかんでベンチに無理やり座らせた上,「近所迷惑になるから大声出すな。」と語気鋭く申し向けて脅迫し,その反抗を抑圧した上,同女に接ぷんをし,その右胸を左手でわしづかみにしてもてあそび,右乳首をなめ回し,同女の頭部を両手で押さえ付けて口淫させて口内に射精するなどし,もって強いてわいせつな行為をしたものである。
第2 争点
   上記公訴事実につき,被告人は,被害者とされる女性(以下単に「女性」又は「本件女性」という)に接ぷんし,胸を触り,あるいは口淫させたことは実際にあったが,行為に至るまで,女性を押さえつけたり,大声を出すなと言ったり,脅迫したことは一切なく,女性はそのような行為に同意していたのであり,強制的な行為はしていない旨供述し,弁護人らも被告人には女性に強いてわいせつな行為をする意図がなく,女性の同意があるから,被告人は無罪である旨主張する。
   そして,本件においては犯行を目撃した証人などはおらず,強制わいせつの被害にあったとする女性の供述が被告人の犯行を裏付ける唯一の直接証拠であり,その供述が信用できるのか否かが本件における主要な争点である。
第3 当裁判所の判断
 1 前提事実
   以下の事実ないし事情については関係証拠により容易に認められ,その限度では当事者間におおむね争いがない。
  (1) 被告人は,事件当日の平成20年7月20日午後10時ころから,友人のAと一緒に,奈良市内の…駅(以下単に「駅」という)付近で通行中の女性に声をかけ遊びに誘うなどするいわゆる「ナンパ」をしていたところ,しばらくして本件女性を見かけた。
    本件女性は,日ごろから駅から自宅近くのバス停までバスを利用して通勤しており,当時は仕事を終えて帰宅する途中であった。
    被告人は,駅前のバス停付近で女性に対し,友達は多い方がいいと思うか,などと声をかけたところ,女性はこれに応じその場で若干の立ち話をした。被告人は,今から飲みに行こうなどと誘ったが,女性は,自宅の門限があるからなどと断った。そこで被告人が,今度遊びに行こう,いつやったら遊べるのなどと聞くと女性は自己のスケジュール帳を見ながら,30日は空いてるなどと答え,自己の携帯電話の番号とメールアドレスを赤外線通信により被告人の携帯電話に送信した。
    両名はいったん別れ,女性はバス停に向かったが,その場に残った被告人は,一緒にいたAに対し,あの子かわいかった,付き合いたい,30日は俺に行かしてくれへんなどと話し,今から彼女を送って行ってもいいかと頼んだところ,Aはこれを了承した。
    被告人は早速,女性の携帯電話に電話をかけ(その時刻は午後10時34分ころ),自動車で自宅まで送って行くなどと伝えたところ,女性はこれを了承して被告人らのいた場所に戻り,Aが乗って来ていたワンボックスカーに3人で乗り込み,Aの運転により駅から出発した。
    その発車後すぐ,被告人は,女性に対し,自動車を乗り換えるためにいったんAの家に寄るからなどと告げたが,女性から特に異議はなかった。その車内ではお互いに自己紹介などをし,楽しい雰囲気であった。同車はほどなくAの自宅に到着し,Aはそのまま帰宅し,被告人が女性を送って行くとして,同所に止めていた自己使用の自動車(左ハンドルのフォルクスワーゲン。以下,単に「自動車」という)の右側助手席に女性を座らせ,自らは同車の左側運転席に座り,女性の自宅方面に向けて発進した。(その後の状況については女性と被告人の各供述が大きく食い違っている。)
  (2) 被告人は,自動車を走行させ,公訴事実記載の奈良市…路上(実況見分調書〔甲7〕上の表示は奈良市…路上。以下「第1現場」という)で停め,同車内において,運転席に座った状態で,助手席に座っていた女性に接ぷんをし,その胸をもみ,衣服をずらして乳首を露出させてなめ,また同女に口淫させた。
    被告人は,人目につかない暗いところで続きをしようなど言って女性と共に自動車を降り,道路を挟んだ反対側にある空き地の方に向かったが,人家の灯りのようなものが見えたので無理だとして引き返し,再び両名とも自動車に乗り込み,被告人は同車を発進させた。
    その後,被告人は若干自動車を走行させて女性の自宅前を通り過ぎ,その奥にある公訴事実記載の同市…所在の…公園(以下「第2現場」という)まで行った。
  (3) 被告人と女性は同所で自動車を降り,公園入口前で若干会話した後,公園の入口付近のベンチに腰掛けた女性に被告人がまた接ぷんをし,その胸をさわるなどした上,女性のはいていたジーパンに手をかけ脱がそうとしたが,女性がこれを拒んだため途中で止めた。そして,被告人が,ベンチに腰掛けた女性の面前に立った状態で自己のズボンのチャックを下ろすなどして陰茎を露出させ,同女に口淫させてその口内に射精した。
  (4) その後,被告人と女性はその場で別れ,被告人は自動車に乗って立ち去り,女性は徒歩で自宅に帰ったが,本件を家族等には打ち明けなかった。
    帰宅後,同日午後11時43分ころ,被告人から女性の携帯電話に電話があり,女性はこれに簡単に応答した。その後も何度か被告人から電話やメールがあったが応答はしていない。
  (5) 第1現場は,バスの通る比較的幅員の広い道路に面した場所で,女性が通勤のために利用しているバス停や女性の自宅からも程近く,第2現場は,やや奥まった場所に位置するものの,女性の自宅から数十m程度(弁10によれば69m)の距離である。
    そして,第1・第2現場とも,区画整理された土地に一戸建住宅が立ち並ぶいわゆる新興住宅地の一画であって,すぐ近くには複数の人家がある。
  (6) 女性は,翌21日(なお,事件当夜の7月20日は祭日かつ日曜日で,翌21日は振り替え休日であった)は平常どおり仕事に出かけた。
    その翌日の同月22日夜,女性は,以前から約束のあった高校時代からの友人であるBほか1名と会い,コンビニエンスストアで買い物をしている際,女性は性犯罪の被害に遭った旨をBらに話した。すると,同月23日深夜ないし翌24日午前1時ころ,Bからメールや電話で警察に届け出たかなどと連絡があり,その際,女性は,Bに対し,駅前で道を聞かれた男性に無理やり自動車に乗せられ,第2現場に連れて行かれ,押し倒され,キスをされ,胸をもまれたなどと説明した。
    そしてその日の午後6時ころ,女性はBに付き添われて奈良県…警察署を訪れ,強制わいせつ等の被害にあった旨を申告し,同日付けで女性の警察官調書(弁14)が作成されたが,その要旨は,自宅近くのバス停付近において,以前に道を聞かれたことのある男性に,眼鏡を取り上げられて無理やり自動車に乗せられ自宅まで案内させられた,自宅付近で,付きあってくれなどと言われたが断ったところ,手を引っ張って第2現場に連れ込まれてベンチに座らされ,抵抗する自分に覆い被さって無理やり,キスをされ,胸を触られ,口淫させられたなどというものであった。
    また,女性は,警察署に出頭する前に,つじつまを合わせるために自己の携帯電話に残っていた駅前バス停付近での被告人からの着信履歴(上記1(1)記載の午後10時34分ころのもの)をあらかじめ消去していた。
    その後,内偵捜査がすすみ,同年8月11日付けで被告人を被告訴人とする女性名義の告訴状(甲1)が提出され,同日,被告人が逮捕されるに至った。
    その告訴事実の要旨は,被告訴人(被告人)は,わいせつな行為をする目的で告訴人(女性)を略取しようと企て,平成20年7月20日午後10時50分ころから同日午後11時20分ころまでの間,女性の自宅近くのバス停付近で帰宅途中の女性を待ち伏せし,その右手首をつかんで抵抗する女性を無理やり自動車内に連れ込もうとし,更に女性の眼鏡を取り上げ「車に乗ってくれたら眼鏡返すから」等と申し向け,その要求に応じなければ女性の身体生命財産にいかなる危害を加えるかも知れないと気勢を示して脅迫し,女性を同車両の助手席に乗車させる暴行を加え,自己の支配下に置き,第2現場付近まで走行して降車した後,更に女性の腕を引っ張り第2現場まで歩いて無理やり連れ込み,もって,女性をわいせつの目的で略取し,ベンチに女性を座らせ,「近所迷惑になるから大声出すな。」等と語気荒く脅迫し,女性の肩を押さえつける等の暴行を加え,その反抗を抑圧したうえ,女性のGパンのチャックを下ろす等し,更に無理やりキスをし,左胸を鷲づかみにして弄び,自己の陰茎を口腔に挿入し,射精した後に精液を無理やり飲み込ませ,もって,強いてわいせつな行為をした,というわいせつ略取,強制わいせつの事実であった。
 2 本件女性の公判供述
   本件女性の公判供述の概要(争点に関連する部分)はおおむね次のとおりである。
  (1) A方で被告人の自動車に乗り換える際,被告人と2人になるのに抵抗があったが,その時点で被告人に悪い印象がなかったので,まあいいかという軽い気持ちで助手席に乗った。
    自動車の中で仕事や交際中の彼氏の話をしたところ,2番目でもいいから付き合おうよなどと口説いてきた。彼氏がいるので交際できないと断ったが,しつこく何度も交際を求めてきた。そのうち,自動車は自分の自宅付近まで走行し,行き止まりのところでUターンしたり,途中で一時停止したりしながら「大通り」と呼んでいるバスの通る道に出て第1現場で停止した。
  (2) 第1現場に止めた自動車内で,被告人は10分しゃべろうよ,じゃんけんで勝ったら付き合ってなどと言ってなおも交際を求めてきた。私の視力は裸眼では0.0もなく,当時は眼鏡をかけていたが,突然被告人にその眼鏡を外された。被告人は外した眼鏡を自動車の棚に置くかポケットか何かに入れて,いきなり私にキスをしてきた。急だったのでびっくりし,身体がこわばってしまって十分な抵抗ができなかった。被告人の肩か腕を力をいれてぐっと前に押すような感じで押したけれども,押しのけられなかった。その後,被告人に左手で右の胸を服の上からもまれた。胸を触っている手をつかんで下ろそうとしたが力が強くてできなかった。そのうち,服をずらして右胸を直になめられた。
    突然のことで怖かったし,自動車の中では,ほとんど声も出ない状態で身体だけ後ろにそる感じでこわばっている状態だった。
    その後,被告人はいったん身体を離して自分のズボンを脱ぎ始めた。そして私の多分左手首をつかんで引っ張り,もう一方の手で私の頭を押さえてそのままぐっと引き寄せる感じで股間のところに頭を引き寄せ,被告人の陰茎を私の口に入れられた。嫌や,と言おうと思って,口を開けたが声は出ず,その口が閉じきる前に入ってしまった。しばらくして被告人が自分を押さえている手を放したので口から放してもとの席にもどった。
  (3) その後,被告人から,眼鏡を落としたので拾うから,いったん車外に出てと言われたので自動車を降りた。すると,被告人は眼鏡を探すふうでもなく,同じように降車し,どこか暗いところないのなどと言いながら,私の手を持って道路を挟んだすぐ近くの工場の隣の空き地に行った。工場には電気がついており,私は身の危険を感じてそちらには行きたくなかったので,人が住んでいるから入れませんと言うと,被告人も,そこは無理やなと言い,送るから車に乗ってと言われた。
    眼鏡なしで歩けないので眼鏡を返して欲しかったし,また自宅の近所には他に暗いところはないと思っていたのでもう大丈夫だろうと思ってまた自動車に乗った。
    その後,近くの公園でいったん停止し,降車しないまま更に自動車を走行させて自宅の前を通り過ぎ,その奥の別の公園(第2現場)まで行った。自宅の前を通った際,自宅を示しながら,もうここ,私の家やから降ろして,と頼んだが降ろしてくれなかった。
  (4) 第2現場に着き,被告人から眼鏡を返してもらい,自宅に帰ろうと歩き始めたら,被告人が後ろから追いかけてきて,多分左の手首をつかまれて,ちょっとだけみたいな感じでその公園の方に引っ張られた。体重を後ろにかけて踏ん張ったけれども,更に引っ張って公園の中に連れて行かれた。嫌や,もう帰りたい,もう門限があると自分なりに精一杯叫んだところ,大きい声を出すな,と怒鳴られた。騒ぐと殴られたりされるかもと思って怖く,声を出すのを止めた。入口近くのベンチに座らされ,下を向いていたら自分の正面に立った被告人が顎を持ち上げて再びキスをしてきた。被告人の手で肩を押さえられており,両足をばたつかせて抵抗したが,自分の身体も緊張していたので勢いよく立ち上がれるほどの力がなかった。
    右の胸を触られ,なめられ,私のはいていたズボンに手をかけ,ズボンのボタンをはずして脱がそうとしたが,私がズボンを押さえ込んでいたのでそこから手を放し,じゃ,もうしないと言った。
    被告人が自らズボンを脱いで,ちょっとだけ,みたいな感じで口にまた陰茎を入れられた。怖くて身体が全然動かず,立てなかった。口の中に射精されて飲み込んだ。その後,被告人は手を放し,ズボンをはいて,ごめんな,怖かったやろう,というようなことを言っていた。
  (5) その後,自宅に帰ったが,自分から自動車に乗ったのが悪いと言われると思い,家族には被害のことを話せなかった。
    事件後の同年7月22日にBに被害に遭った旨話し,翌23日深夜に電話で被害状況を話したが,その際,無理やり自動車に乗せられたと事実とは異なる内容を話した。翌24日,Bと警察署に出頭する間際に自分の母親にも被害のことを打ち明けたが,同様に無理やり自動車に乗せられた旨話していた。
    そのように話した理由は,自分から自動車に乗ったと話せば親に叱られると思ったからである。
 3 被告人の公判供述
   被告人の公判供述の概要(争点に関連する部分)はおおむね次のとおりである。
  (1) 私は本件女性と第1現場に至るまでやそこに止めた自動車の中で,眼鏡の話や,私の学生時代の交通事故の話,女性と交際中の男性の話などをしていたが,私は女性のことが好きになっていたので,交際をして欲しい,彼氏の次の2番目でもいいからなどと言った。第1現場に停止中の車内で,飲み物か食べ物はないの,と尋ねると,女性はペットボトルを出してきたが,中身の残量がほんの少しだったので飲まずに返したところ,飴ならあるけどと言ってきた。その飴でポッキーゲームをしようや,その飴を口移しでちょうだいなどと冗談を言ったら,嫌がる様子もなく笑っていたので,1回チューしようなどと言いながら自分の顔を女性の顔に近づけたら,これを避けるふうでもなくキスに応じ,舌を絡め返してきた。そこでキスを続けながら左手で女性の右胸をさわり,服の襟元から手を入れて胸を直接さわったところ,女性のブラジャーがずれて乳首が出たので,服をずらして乳首をなめるなどした。私の座っている座席シートを倒して,ズボンをずらし,陰茎を露出して,ちょっと触ってやと言ったら女性が手でしごいてくれたので,なめてや,と頼むと陰茎を口に入れて自ら動いてくれた。
  (2) そうしたところ,私はその続きがしたくなって,いったん女性に行為を中断してもらい,ここではこれ以上できへんから,といって女性を自動車から降ろし,自分も運転席側のドアから降りようとしたが段差でうまく降りられず,助手席側から降りた。
    続きができないかと近くの空き地の方に行ってみたが,灯りがあったのでここでは無理だと思い,自動車に戻って助手席側のドアから,私,女性の順で車両に乗り込んだ。
    そして再度,車両を発進させ,女性の案内でその自宅の方へと向かい,ほどなくその前にさしかかった。女性は,あれ私んちであれ私の車,あれお父さんの車,などと言っていた。あそこに止めるわな,と言って女性の自宅にほど近い公園(第2現場)の入口付近に自動車を止めた。
    2人で自動車を降り,軽い感じでキスをして手をつないで公園に入ろうとしたら,あんまり時間ないし,今日はお父さんがいるから,今度にせえへんなどと言われたので,時間まではええやんかなどと答えたが,目前に人家があったことから,ここでしゃべってたら近所迷惑になるからと言って,公園の中に入り,入口付近のベンチに,私が右側,女性が左側に並んで座った。
    そこで,女性の父親の話をしたり,たばこを使う手品を見せたりしたが,そのうちもう1回チューしようやなどと言ってキスをしたところ,また避けるふうもなくこれに応じ舌を絡め返してきた。キスをしながら右手で女性の左胸を触り,更に女性の着用していたジーパンの上から股間を触り,ジーパンを脱がそうとボタンを外してファスナーを下ろしたところ,今日はあんまり時間がないし,ここは人が来るかも知れんからとたしなめられたので,そこで止めた。その後もキスなどをしていたが,また続きがしたくなって,立ち上がり,ベンチに座っている女性の目の前に立った状態で自分の陰茎を露出させ,これをなめてもらってその口内に射精した。その際,私はズボンとパンツがずり落ちないように左手で押さえながら自分の陰茎を持ち,右手は女性の髪が口元にかからないようにすくい持っていた。
    その後,ズボンをはき直し,公園を出て,30日は6時半からとか,また連絡するなどと約束の確認をして,女性と別れた。
    その直後,Aに電話して顛末を話し,女性にも電話を入れた。その際,メールアドレスを教えて欲しい旨言われたので,女性の携帯電話宛に自分の携帯電話からメールを送信した。
  (3) 私は,知らない人と話をするのが好きで,私にとってナンパとは交友関係を広げたいという気持ちと,いい出会いがあればつき合いができたらいいな,というものであり,女性をナンパして性交することが目的ではない。また,第2現場に行ったのは,その時点で女性のことを好きになっていたため,女性の門限までは一緒にいたいと考えたためである。
 4 事実経過等について
   関係各証拠によれば,上記認定の前提事実に加え,次の事実ないし事情が認められる。
  (1) 犯行に至る経緯等について
    被告人は,「ナンパ」につき,すぐにでも女性と性的関係を持つことを目的にしていたわけではないなどと述べている。しかし,本件女性に声をかけ,後日改めて遊びに行く約束までしておきながら(少なくとも被告人はそのように認識していた。),直後に女性を送っていくとして自ら2人きりになる状況を作り出し,交際を求めた上,声をかけてからわずか1時間余りで,強制わいせつにあたるかどうかはともかくとしても性的関係を持つに至っているのであるから,被告人には当初からナンパした女性とあわよくば性的関係を持ちたいとの意図があったことは明らかである。
    そして,第1現場での行為後,「続き」がしたいとして女性を空き地に誘い,そこが適当でないと分かると再び自動車に乗り,女性の自宅前を通り過ぎて第2現場に至り,時間がないから帰るという女性を引き留めて更なる行為に及び,女性のジーパンを脱がそうとした上,口淫により射精までしたというのであるから,第1現場での行為により被告人の性的興奮が高まり,本件女性と性的な関係を持ちたい,性交がしたいという思いが相当強くなり,その目的で第2現場におもむいたことは容易に推認できるのであり,このこと自体は捜査段階において被告人も認めていた(乙4。なお,弁護人らは被告人の捜査段階の供述調書には任意性がないなどとも主張するが,被告人は捜査段階から否認を貫き,検察官請求の犯行に関する供述調書はいずれも否認調書である上,被告人の公判供述を前提としてもその供述の任意性を疑わせる事情は見あたらない。)のであるから,そのような事実が認定でき,第2現場に行ったのは少しでも本件女性と一緒にいたかったからなどとする被告人の公判供述は採用できない。(ただし,女性と性的関係を持ちたいという気持ちがあったとしても直ちに強制わいせつの犯意まで有していたとは断定できない。)
    他方,本件女性の側においても,ナンパされたとの認識があったことは認めており,そうであるならば,被告人らが自己に対し,何らかの性的関心を持っていたこともまた認識していたと推認できる。しかしながら,ナンパに応じたから,あるいは被告人と2人きりで自動車に乗ったから直ちにわいせつ行為の同意があるなどといえないこともまた当然である。
  (2) 各行為前後の状況等について
    そして本件女性は,第1現場で口淫をさせられるなどした後,被告人から,暗いところで続きをしようなどと言われて自動車を降りて空き地の方に移動しているのだから,この時点で被告人が相当,性的興奮が高まっていたこと,したがって自分に対し更なる性的関係を求めてくる可能性があることは女性においても十分に認識していたと推認される。にもかかわらず再び自ら被告人の自動車に乗り込んでおり,この点をどう評価するかは問題である(後に検討する)。
    また,第2現場到着後,女性が家に帰る旨告げ,被告人がこれを引き留めた際のやりとりの声が大きく,近所迷惑になるからなどと述べたこと自体は,被告人も捜査段階では認めており,そのような事実が認定できる(乙4。被告人は公判ではやりとりの声は普通の声であって特に大声ではなかったとも述べているが採用できない。)。また,帰ろうとする女性を引き留めたという被告人の行動自体に加え,すでに検討したとおり,この時点で被告人の性的興奮が相当高まり,女性と性交したいとの気持ちも強かったと認められること,事件翌日の7月21日午後零時43分に被告人から本件女性に送信したメールに「怒ってるプレーじゃないですか?」などと,被告人が女性を怒らせるようなことをしたことを前提とするともとれる文言があることから(弁4),被告人が,帰宅したいという女性に対し,しつこく,多少なりとも強引に性的関係を迫ったであろうことは十分に推認できる。
    他方,本件女性は,第2現場に到着した時点で自宅に帰るとの意向を明確に示していたにもかかわらず,被告人に性的行為を求められ結果的に口内に射精までされていること,事件2日後に第2現場での行為について友人に打ち明け,あえて一部事実でない供述をしてまで警察官に対し被害申告をしていることからすれば,その被害申告の時点において第2現場での被告人の行為が許し難いものであるとの心情を抱いていたこと,遡って,第2現場での行為が,その行為時においても必ずしも女性の本意ではなかったことは優に認定できるのであり,女性のそのような心情は被告人においても十分に認識可能であったと思料されるのであるから,被告人の公判供述のように,女性が完全に納得し,積極的に同意した上で被告人の行為を受け入れたとか,自ら好んで口淫等をしたなどとは認め難い。
    なお,本件女性は,自分がナンパに応じて自動車に乗ったことを落ち度のように感じ,当初は被害申告をする気持ちがさほど強くなかったところ,友人のBに相談し,同人からの説得もあって被告人を許し難いという気持ちが強くなり,被害申告に至ったと認められるが,あえて一部事実でない申告をするなどした点を除けば,その経緯自体に特に問題視すべき点は認められない。
 5 本件女性の公判供述の信用性について
   以上の認定を前提に,第1・第2現場において,被告人から強制わいせつの被害を受けたとする本件女性の供述が信用できるかにつき検討する。
  (1) 女性は,すでに認定したとおり,当初は,友人らに対し,無理やり自動車に乗せられて連行され,強制わいせつの被害にあったなどと述べ,警察官にも同様の被害申告をし,その旨の供述調書も録取され,さらには告訴状まで提出した上,そのように明らかに事実と異なる供述をしていた理由として,自分から自動車に乗ったことが発覚すれば,親に叱られると思った旨述べている。
    そのような心情から友人や親らに虚偽の供述をしたこと自体は了解可能なものとはいえるが,警察官らに対しても積極的に虚偽の供述を維持し,その旨の告訴状まで提出したばかりか,出頭前に携帯電話の着信履歴を抹消するなど自己に不利な証拠を隠滅する行為までしており,女性の内心では,自らを正当化するためにあえて被告人に不利な供述等をすることを厭わない傾向が顕著にうかがわれ,被告人が無理やりわいせつ行為をしたとする供述の信用性は相当慎重に判断しなければならない。
  (2) しかるところ,女性は,第2現場での行為時に被告人に触られたのが,左胸か右胸かという犯行状況そのものについて捜査段階からその供述に変遷を生じているが,その変遷については,再現実況見分の際等には左としていたが,どっちだからって問題があるわけではないと思って検察官調べの際に全部右胸だと言った,などと述べており,また,第1現場での自動車の乗降の際,被告人が運転席側から出入りしたか助手席側からかという点も公判段階とは異なる供述をしていたというのであるから,捜査段階において自動車に無理やり乗せられたという点以外も必ずしも自己の記憶に忠実に供述していたわけではない面がうかがわれる。
    また公判段階においても,主尋問では被告人を見知らぬ人といったのが反対尋問時には以前に道を聞かれたことのある人と述べたり,また,無理やり自動車に乗せられたとする供述は,警察に行く前とっさに母親に対して言ったとして,それ以前にBにも同趣旨のことを告げていたとの供述と矛盾するかのような供述をしている。これらの点は必ずしも重要とはいえない点に関してであり,反対尋問で追及されれば簡単に訂正しているのであるから,あえて嘘をつきとおそうという態度までは認められないものの,意識的にせよ無意識的にせよ,なお自己を正当化しようという傾向が言葉のはしばしにうかがわれるといわざるを得ない。
  (3) また女性の供述内容についても,上記のように,第1現場で再び自動車に乗った理由として,眼鏡なしで歩けないので眼鏡を返して欲しかったとか,自宅の近所には他に暗いところはないと思っていたのでもう大丈夫だろうと思ったなどと述べているが,普段は眼鏡やコンタクトレンズを使用して通常の社会生活を送り,本件時にも眼鏡なしで第1現場で車外を歩いて人家の灯りをみつけたり,自宅前で父親の自動車を確認しているのだから,眼鏡がないとまったく歩けないほど極端に視力が悪かったとは思われない上,今まさに自動車内で強制わいせつ行為をしたという被告人が,何故に自分を無事に自宅まで送り届けてくれると信用したのか,何故にもう大丈夫と思ったのか,あるいはそのような犯人に自宅の位置を教えたのはどうしてなのか,疑問が残るところである。これが例えば周囲が人家もない山中で,自分がどこにいるかも分からないような状況であれば,やむを得ず犯人の自動車に乗ることもあり得ようが,第1現場は女性の自宅に程近く(実況見分調書〔甲7〕の現場見取り図3によると,女性の自宅からは同バス停よりも第1現場の方が近いことが明らかである。),周囲には複数の人家もあり,女性自身,少なくとも第1現場のおおよその位置は認識していたと認められるから,あえて被告人の自動車に乗る必要性は極めて乏しかったと思われる。
    更にいえば,女性は当初は第1現場での被害を警察官に申告しておらず,告訴事実にも掲げられていない。女性は被害申告や告訴の段階でも自動車に無理やり乗せられたとしてではあるが,自動車に乗ったこと自体は供述していたのであるから,第1現場の自動車内で強制わいせつ行為をされたのであれば,これを隠してあえて申告しない理由は特に存在しないはずであり,そうすると,女性は第1現場での行為についてはさほど被害感情が強くなかったのか,あるいは強制わいせつの被害を受けたとの認識が乏しかったという可能性も否定できない。
  (4) 口淫させる行為について
    ところで,強制わいせつ行為の態様のうち,接ぷんをするとか胸をさわる行為は,被害者の意思等に関係なく加害者側の一方的な行為によりすることが可能であるといえるが,これに対し,口淫させる行為は,例えば被害者が頑なに口を閉じてしまえば力ずくでその口をこじ開けるなどした上で口淫までさせるというのは,特に単独犯の場合は相当に困難を伴うと思料されるのであり,通常は,被害者に対し強姦の場合にも匹敵するような激しい暴行・脅迫を加えて相当の恐怖心を感じさせ,被害者をして加害者のいいなりに口淫をさせる(少なくとも被害者の口を開けさせ続ける)ことになろうかと思われる(本件女性は,第1行為については声を出そうと口を開けたらその口に被告人の陰茎が入った,第2行為については多分左手で頬を強く押されて口を開けさせられたというが,そのような状態で一時的に口内に陰茎を入れることは可能だとしても無理やり口淫させることまでできるのか自体,疑問がないわけではない。)。
    しかるところ,本件では,女性の供述を前提としても,わいせつ行為そのもの以外に,殴る・蹴るといった激しい暴行や,例えば「殺す」といった生命・身体に害を及ぼす旨の苛烈な脅迫がなされたわけではない。もちろん,一般的には,深夜,男性と2人きりの自動車内や夜の公園において突如,接ぷんされ胸をもまれるなどすれば,暴行等がなされた場合にも等しい相当程度の恐怖心を感じるであろうし,本件女性も,検察官から怖かったかと問われれば,怖かったと答えている。
    しかしながら,女性は,上記のように第1現場で自動車に再度乗った理由については,恐怖心から逆らえずに乗ったとは述べていないし,証人尋問の最後に,本件は同意の上だと主張する被告人に対しどのように思うかという問いに対し,自分が嫌だったということを理解してほしいとは述べているが,自分の受けた恐怖心については特に触れていない。更にBの供述によれば,事件2日後の夜,第2現場におもむくことに特に抵抗感等を感じているようでなかったというし,事件直後に帰宅し,翌日は仕事にも出たというが,家族や職場の者から,様子がおかしいといった指摘を受けたとの事実も現れていない。
    加えて,すでに検討したように第1現場での行為につき女性の被害意識が乏しかった可能性をも併せて考えれば,少なくとも第1現場での行為の際,女性が本当に恐怖心を感じて口淫を強いられたといえるのかは多少なりとも疑問であるといわざるを得ず,そうであるならば,第1現場からの継続的延長場面とみるべき第2現場において,ことさら激しい暴行・脅迫がなされたわけでもないのに突如として口淫させられることを余儀なくさせられる程の恐怖心を生じたというのはいかにも唐突であって不自然な観は否めないといわなければならない。
  (5) 以上によれば,強制わいせつの被害に遭ったとする女性の供述をそのまま信用することには多少なりとも躊躇を覚えるといわざるを得ない。
    すなわち,第1現場での行為については,その後,女性が自ら再度自動車に乗り込んでいることや当初被害申告をしていないこと等も考慮すれば,これが同意に基づく可能性は否定できないし,第2現場においては,第1現場と比べれば,女性の内心において性的な行為を拒否する心情は相当高まっていたことはうかがわれるけれども,被告人のしつこさや強引さに押し切られる形で,内心は嫌々であったとしても,結局のところ任意に行為に及んだ可能性を完全には払拭できないのであり,被告人が,本件女性に対し,暴行・脅迫を加えてわいせつ行為をしたと断定するには合理的な疑いが残る。
    なお,被告人自身,ナンパはしたが性的関係を持つ目的ではなかったとか,第2現場でも女性が積極的にわいせつ行為に応じていたなどと相当自己に都合の良い供述をしており,これらが信用できないのはすでに検討したとおりであるが,このことは上記判断に影響しない。
 5 結論
   そうすると,本件公訴事実についてはその証明が不十分であり,犯罪の証明がないものとして,被告人に対しては刑事訴訟法336条後段により無罪の言渡しをすることが相当である。
(求刑−懲役3年6月)
  平成21年4月30日
    奈良地方裁判所刑事部
            裁判官 畑口泰成