現職の弁護士が弁護士業務に関して犯した業務上横領等につき元同僚の弁護士有志の手によってではあるが、被害金額が全て被害者に弁償されていること等を理由に執行猶予がついた事案(福岡地判平成5年7月14日判タ868号293頁) #横領

被告人の行った行為は、一般の社会秩序さえも踏みにじったものであり、弁護士一般が、専門性の名の下に、理念としての崇高な使命とは裏腹に、他のいかなる職業においても求められている最低限の規範すら守っていないのではないかとの疑問を投げかけたものであり、国民の弁護士、ひいては法曹一般に対する信頼を失墜させた被告人の責任はまことに重大であるといわなければならない。しかも、業務上横領事件については、いずれも、裁判所によって選任され、その監督を受けつつ破産財団の管理及び処分を行うという公の機関たる破産管財人の地位を悪用して行われたものであり、裁判所の行う破産手続きに対する信頼をも大きく損なったものである。被告人が前記のような犯行を累行したのは、被告人の事務所経営がルーズであったために事務所の経費等に窮したことが原因であり、また、公文書偽造同行使事件については、自己の業務上の判断の過誤を糊塗するため、あるいは 預り金を費消して受任事務を遂行しなかったことを隠蔽するためになされたものであり、いずれもその動機において酌量すべき点は皆無である。さらに、業務上横領にかかる被害金総額は約一二五〇万円の多額に及ぶこと、社会的信用性の極めて高い公文書を偽造行使してその信用を害したことなどを考慮すれば、被告人に対しては強い非難が加えられるべきであり、実刑をもって処断するのが相当であるとも考えられるところである
 しかしながら、他方で、業務上横領事件の被害金は、元同僚の弁護士有志の手によってではあるが、全て被害者に弁償されていること、被告人は、当然のこととはいえ、すでに福岡県弁護士会から除名処分を受けた上、本判決の確定によって法曹資格を剥奪されることになるなどの社会的制裁を受けていること、前記のとおり、元同僚の弁護士が被告人の救済に奔走し、また、被告人の寛大処分を願う嘆願書が七〇〇名を越える人々により作成されている事実に照らすと、被告人が、本件に現れたルーズで無責任な性格とは別に、人間としての善良さや奉仕的精神を併せ持っていることがうかかえること、さらに、被告人は逮捕後今日まで保釈の請求をすることもなく相当長期間にわたって身柄を拘束されていること、前科・前歴かなく、本件について反省・改悛の情が明らかであることなど被告人にとって有利に斟酌すべき事情も存する
 これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮した上、被告人には、今一度社会内における更生の機会を与えるのを相当と考え、主文のとおり、執行猶予付きの判決をすることとした。