カツ丼を餌に自白を取った判例は見当たらないが、取調室で太巻き、菓子、ジュース等を貰うためやむを得ず自白したという被告人の主張に対し、これら食品の提供が虚偽自白を誘発しかねない強力な誘引になるとは解されないとして自白の任意性を認めた事案がある(神戸地判平成14年2月19日) #節分

(1)弁護人は,被告人は,兵庫警察署でFの取調べが開始された約1週間後から,取調室で同人よりジュース,あめ,太巻き,ちらし寿司,クッキー,ケーキ,饅頭等の提供を受けていたところ,平成12年10月26日,取調べを受けた検察官に対し,営利目的を否認する旨の供述をするや,Fがそのことに激怒して飲食物をくれなくなり,再び飲食物を貰うため,やむを得ず,翌27日昼ころ,改めて営利目的があった旨これを認める供述をし,その結果,Fから飲食物の提供を再び受けるようになった旨主張し,被告人も,当公判廷において,これに沿う供述をする。
  (2)そこで検討するに,前掲関係各証拠によれば,(1)被告人は,平成12年10月25日に至るまでは,司法警察員,検察官及び裁判官に対し,概括的ながらも営利目的を自認していたところ,同月26日実施の検察官調べにおいて,突如「自分で使用するため所持していた。」旨営利目的を否認し,それにもかかわらず,同月30日からはFが録取した具体的な自白調書が順次作成されたこと,(2)Fによる被告人の取調べは,いずれも立会人のないまま行われたこと,(3)Fが録取した自白調書は,被告人の覚せい剤使用歴,密売歴,本件覚せい剤の購入先,営利目的の具体的内容等が具体的かつ詳細に述べられたもので,被告人によってしか語り得ない事実も多く含まれ,その意味で不自然不合理な点のない自白調書であるが,いったん否認した経過があるにもかかわらず,同調書中にはその理由のみならず,そのこと自体に全く触れるところがないのは奇異といわざるを得ないこと,証人Fの公判供述によっても,そのことについて首肯しうる合理的な説明はなされていないことに加えて,(4)飲食物の提供に関する限り,被告人の前記公判供述は,一貫した供述であるのに対し,証人Fの公判供述は,提供した飲食物,提供時期等の重要部分にあいまいな点や不自然な供述変遷があることを総合考慮すると,被告人がFの取調べにより再度自白に転じた理由は,飲食物の提供を受けたいためであったとする被告人の公判供述の信用性は,あながちこれを排斥することはできないというべきである。しかしながら,被告人の供述によっても,当初営利の目的を認める供述をした段階では,飲食物の提供を受けることはなかったのであり,その影響のなかったことは明らかであること,同じく,被告人の供述によっても,全体を通じて,Fが被告人に飲食物の提供と引換に自白するよう迫ったわけではないこと,飲食物は,通常の食事とは別に提供されたものであって,これが虚偽自白を誘発しかねない強力な誘引になるとは解されないことなどを総合考慮すれば,Fが被告人に対して不適切な飲食物の提供をしたとしても,それは,被告人がFに対して任意に供述する動機の一つになったに止まるものというべきであって,前掲各供述調書中の被告人の供述部分の任意性に疑いを差し挟む余地があるとはいえないから,弁護人の前記主張は理由がない。