美味しく焼けるように切り餅の上面・底面ではなく側面に切り込み部等を設ける特許につき、切り餅の側面に加え上面・底面に切り込みを入れることは当該特許権を侵害するとして、原審の判断を覆し、特許権侵害を認めた事例(知財高判平成23年9月7日判時2144号121頁) #餅・饅頭

1.事案の概要
 X(原告、控訴人)及びY(被告、被控訴人)は、いずれも餅等を製造するメーカーであったところ、Xは

A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
E ことを特徴とする餅。

という特許権(特許第4111382号、本特許権)を取得した。Xは、Yが製造している切り餅が、本特許権を侵害するとして提訴した。


2.訴訟の経緯と主要争点
 本件では、本特許権の請求項B、つまり、「(底面や)上面ではなく」側面に切り込みを設けた餅という要件が重要な争点となった。
 Yは、この趣旨を、「上面や底面に切り込みを入れた場合は、本特許権の技術的範囲から除かれる」と解釈し、Yの製造している側面に加え上面や底面にも切り込みを入れた餅は、本特許権を侵害しないと主張した。


 第一審判決(東京地判平成22年11月30日)は、

構成要件Bの解釈を前提に検討するに,被告製品においては,構成b2のとおり,その載置底面及び平坦上面に当たる下面16及び上面17のそれぞれほぼ中央部に,十字状に切り込み部18が設けられているから,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けないことを要するものとされる構成要件Bを充足しないというべきである。

 としてYの主張を認め、本特許権侵害を否定した。


 そこで、Xは控訴した。


3.裁判所の判断
裁判所は、

構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない。

(略)
以上のとおり,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」を特定するための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを除外する意味を有すると理解することは相当でない。

とした。

  つまり、「(底面や)上面ではなく」という趣旨は、いままでの技術は上面に切り込みを入れていたが、今回の自分たちの技術の特徴は、上面に切り込みを入れるところではなくて、周囲に「も」切り込みを入れるところにあるというものであって、上面に切り込みを設けることを除外するものではないとしてYの製品が本件特許の技術的範囲内であることを認めたのである。


4.その他
 この判決は中間判決であり、その後でYは代理人を交代させ、侵害論についての主張を補充した。
裁判所は、以下のように判示し、この点を時機に遅れた攻撃防御方法として却下した(知財高判平成24年3月22日)。

被告は,本件特許出願前に被告が側面に切り込みが入った切餅を製造,販売していた事実を排斥した中間判決を受けた後,当審における弁論準備期日が終結され,最終口頭弁論期日が指定された後に,島田弁護士を解任したこと,[4]新たな訴訟代理人において,被告が本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造,販売していたことについての主張と実質的には同一の主張である,先使用の抗弁,権利濫用の抗弁,公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし150の提出,証人尋問及び検証の申出をするに至ったこと,[5]被告ないし島田弁護士らにおいて,上記防御方法の提出に格別の障害があったとは認められないことを総合すれば,被告の上記防御方法の提出は,時機に後れた防御方法に当たり,少なくとも重大な過失があったものと認められる
(中略)
     上記のとおり,被告は,当審における口頭弁論終結間際になって,先使用の抗弁,権利濫用の抗弁,公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張及び乙45ないし150の提出,証人尋問及び検証の申出をするに至ったものである。この点,上記先使用の抗弁,権利濫用の抗弁,公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張は,[1]実質的に,被告が本件特許出願前に側面に切り込みが入った切餅を製造,販売していたことに関する審理の蒸し返しにすぎないこと,[2]これを裏付けるものとして新たに提出された乙45ないし150には,関係者の陳述書,被告側内部で行われたことに関連する資料等が多数含まれ,原告において反論するのに多大の負担を強いること,[3]原審における証人調べの結果や被告の従前の主張と矛盾,齟齬する部分が数多く存在すること,[4]とりわけ,仮に,被告が,平成14年10月に,側面に切り込みが入った切餅を製造,販売していたことを前提とするならば,被告が平成15年7月に「被告特許[2]」(「上面,下面,及び側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅」)について特許出願をしたことと整合性を欠くことになるが,その点については,何ら合理的な説明がされていないこと等を総合考慮すると,被告主張に係る事実の真偽を審理,判断するためには,更に原告による反論及び多くの証拠調べをする必要があり,これにより訴訟の完結は大幅に遅延することになる。
  (4) 小括
    以上のとおり,被告により中間判決後においてされた,先使用の抗弁,権利濫用の抗弁,公知技術(自由技術)の抗弁に係る主張,及び乙45ないし150の提出,証人尋問及び検証(検乙1〜11,13)の申出は,いずれも,被告の重大な過失によって時機に後れて提出された防御方法であり,これにより訴訟の完結を遅延させることとなるものであるから,いずれも却下する(略)。
    なお,当裁判所は,被告代理人らが,控訴審の口頭弁論終結段階になって選任され,限られた時間的制約の中で,精力的に,記録及び事実関係を精査し,新たな観点からの審理,判断を要請した点を理解しないわけではなく,その努力に敬意を表するものである。しかし,特許権侵害訴訟は,ビジネスに関連した経済訴訟であり,迅速な紛争解決が,とりわけ重視されている訴訟類型であること,当裁判所は,原告と被告(解任前の被告訴訟代理人)から,進行についての意見聴取をし,審理方針を伝えた上で進行したことなど,一切の事情を考慮するならば,最終の口頭弁論期日において,新たな審理を開始することは,妥当でないと判断した。

 負けそうになった場合、最後の最後に代理人を交代して形勢逆転を狙うという戦法の危険性を示唆しているという意味でも重要性の高い判決である。