医師が既婚の患者と情交関係に陥り、患者の夫から訴えられた事案で慰謝料400万円を認めた東京地判平成13年8月30日というのがあるが、この「患者」というのが精神病患者であり、その意味で例外事案。なお、裁判官が被告の対応にマジギレしている。 #不貞の慰謝料

2 被告の責任と慰謝料の額について
  (1) 当裁判所が、本件審理において提出された証拠に基づいて判断する限りにおいては、被告が本件における自己の行為について真摯に反省し、原告に対して心から謝罪をしていると認めることはできない。少なくとも本件の審理の過程において、被告は、自ら法廷の場で反対尋問にも応じて弁明すべき点は弁明するという道を選ばない一方で、書面においては、自分は原告の妻に巧妙に誘惑され、原告の妻の欲望を満たすために利用された、「はめられた」とまで主張し、過剰な表現でB子や原告に対する人格的非難を行い、その主張を攻撃することに終始している。(もっとも、被告は、本訴において、過度に防衛的、攻撃的に対応している様子がうかがえ、本件で提出した陳述書の内容だけが被告の本意の全てではないのかもしれない。)
 確かに、本訴提起前の原告の被告に対する責任追及の方法に被告が反発を感じたことは多少理解ができるし、本訴における原告の陳述書にも些か言い過ぎとも思える部分がないわけではなく、民事訴訟の被告の立場に置かれ、これに対抗する者として、やむを得ない面もある。しかしながら、被告が、いかに誘われて受動的にとはいえ、第三者から見る限り、精神科医としての基本的な資質に欠けるのではないかとの思いを抱かざるを得ない常識外の行動に及んだことは否定できない。ところが、本件で提出された被告の陳述書の範囲でみる限り、被告には、自分が医師としての基本的な倫理に悖る行為をしたという自覚が無いようであり、当裁判所には、この点がおよそ理解できない。
  (2) 被告代理人は、本件を、婚姻中の配偶者の一方が、不貞行為に及んだ他方配偶者との婚姻関係を維持したまま、不貞行為の相手方に対して損害賠償を請求している事案と捉え、婚姻関係の維持の責任は第一次的には配偶者にあり、不貞の相手方の責任は副次的であるとして、1000万円の慰謝料請求の不当性を主張する。しかし、1000万円という金額の当不当はともかくとして、本件をこのような事実と捉えることには根本的な認識違いがあるといわざるを得ない。
 被告は、精神科の医師であり、被告がB子と性的関係を持った時点で、B子は、現に治療継続中の被告の患者であった。しかも、被告は、B子には、B子を被告のもとに連れてきた夫がいることを十分承知していた。加えて、被告は、何らかの恋愛感情的なものからB子と関係したのではなく、いかにB子に誘われたからとはいえ、結局、自己の性的欲求を抑制することができなかったために関係したことを自ら認めている。精神科の医師が、誘われたからという理由で、現に治療中の自己の患者に対してこのような行為に及ぶということは、患者の家族が予想だにしないことであり、被告のこのような行為により原告が受けた精神的衝撃が極めて大きなものであったことに疑う余地はない。また、被告の行為が原告らの家庭生活に大きな打撃を与えたことも間違いのないことである。
 本件の本質は、配偶者の不貞行為の相手方に対する損害賠償請求なのではなく、心を病む配偶者の治療を託した精神科医に、常識外の裏切られ方をした患者の親族による慰謝料請求事件なのである。被告は、この点につき、陳述書において、B子が被告を誘った時点ではB子の症状は回復していたから病気の影響はなく、したがって、自分が誘惑に負けたことは自分の精神科医としての責任とは無関係である旨主張しているが、B子の症状が改善されていたとしても、現にB子に対する治療を継続していたのは被告自身であり、B子が被告の患者であったことに何ら変わりはないのであって、被告の主張は余りに自己に都合の良い身勝手な理屈というほかなく、到底採用できるものではない。第三者はともかく、原告が、被告の医師としての資格を云々するのも当然の気持ちというべきである。被告が、精神科医というある意味で人の心の問題の専門家でありながら、これを原告による強迫あるいは慰謝料を吊り上げる手段としか捉えることができず、過度に利己的な自己弁護と原告批判に終始し、本件を、自己の医師としての資質とは無関係なことと言い切るその態度は、極めて遺憾であるというほかない。少なくとも現時点では、本件を精神科医として総括し、反省し、今後の自己の専門家としての責務をいかに全うしていくのかについて、その思索のほどを明らかにしてしかるべきであろう。
  (3) 以上の点を総合考慮し、当裁判所は、現時点で原告の受けている精神的苦痛に対する慰謝料の相当額を400万円と認める。
 (裁判官 綱島公彦)