司法試験第二次試験の受験者である原告が、試験成績等の開示を請求したところ、平成11年度口述試験の総合順位を開示しないとした部分が取り消された事案(東京地判平成16年9月29日)

第三 争点に対する判断
一 認定事実
 証拠(甲2の1、12、13、乙3、4、7、9ないし13、16、26、28ないし30)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 第二次試験の各試験ごとの出題方針と合否の判定等における差異等について
(一) 短答式試験
 短答式試験の受験者数は、極めて多数に上っているため、この段階では、主として、「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識」、すなわち、応用能力の有無の判定の前提となる基礎的な知識が一定の水準に達しているか否かに重点を置いた判定が行われる。
 そこで、正しく解答するために必要とされる知識は基礎的なものに限ることを出題方針とし、5肢択一式で出題されるため、正解が一義的に決まっており、採点格差(採点結果が全体的に高めになったか低めになったかの差、あるいは、評価の幅が広くなったか狭くなったかの差)も生じ得ない。そのため、短答式試験の合否は、単純に3科目の得点の合計点によって決定される。
(二) 論文式試験
(1) 論文式試験の1科目の得点は、1、2問の平均点とすることとされ、1問の採点を40点満点とし、優秀と認められる答案については、その内容に応じて30点から40点、良好な水準に達していると認められる答案については、その内容に応じて25点から29点、一応の水準に達していると認められる答案については、その内容に応じて20点から24点、上記以外の答案については、その内容に応じて19点以下とすることとされている。
 合否は、6科目の得点の合計点をもって決定するのが基本であるが、極端に不出来な科目がある場合、すなわち、1科目でも得点が10点に満たない科目がある場合には、それだけで不合格とされている。
(2) 論文式試験は、問題の中から受験者が自ら論点を抽出し、判例・学説の対立にも留意しながら論理を展開し、一つの結論に導いていく思考・論理展開能力とその過程が問われる論述形式による試験であるため、本来、正解が一義的に決まっているものではない。受験者は、その有する学識のみならず、推理力、判断力、論理的思考力、文章作成能力等を駆使して答案を作成し、考査委員は、その答案を通して、その受験者が法曹になろうとする者として必要な能力を有しているかどうかを総合的に判断し、採点する。そのため、各考査委員には、知識の有無だけにこだわらずに、理解力、推理力、判断力、論理的思考力、説得力、文章作成能力等を総合的に評価するように努めることが要請され、採点は、各考査委員の裁量にゆだねられている。
 加えて、論文式試験の受験者数が多数に上るため、同じ問題に対する答案についても、一人の考査委員が全受験者の答案を採点することは困難であって、複数の考査委員が分担して採点を行っていることから、考査委員が異なることによって、採点格差が不可避的に生ずる。なお、論文式試験の科目に選択科目が設けられていた当時は、選択科目の各問題ごとに難易度等が異なっていたため、問題による採点格差も生じていた。このように採点格差が生じるため、論文式試験においては、各考査委員が採点した全答案ごとに標準偏差を算出して、採点格差調整を行い、調整後の得点によって各科目の得点が決定される。
(三) 口述試験
(1) 口述試験においては、考査委員は、受験者の応答を通して、受験者の基礎的知識、応用力、推理力、判断力、論理的思考力、表現力等を総合的に審査し、受験者が裁判官、検察官又は弁護士としての適格性を備えているかどうかを直接判定し、採点する。
 口述試験の合否判定方法・基準は、各科目60点を基準点とし、5科目の合計点をもって合否の決定を行うこととされている。
 また、口述試験の採点方針は、その成績が一応の水準に達していると認められるものに対しては60点(基準点)、その成績が一応の水準を超えていると認められる者に対しては、その成績に応じて61点から63点までの各点、その成績が一応の水準に達していないと認められる者に対しては、その成績に応じて57点から59点までの各点、その成績が特に不良であると認められる者に対しては、その成績に応じて56点以下の採点をすることとされ、さらに、「60点とする割合をおおむね半数程度とし、残る半数程度に61点以上又は59点以下とすることを目安とする。」こととされている。
(2) 口述試験においても、その採点は、当然、各考査委員の裁量にゆだねられている。なお、口述試験の合格率は、最近10年間(平成5年度から平成14年度まで)で90パーセントを下回ったことがなく、受験者のうち成績不良の一部の者が不合格となる試験である。口述試験の合否の判定においては、論文式試験でいくら高得点を取ったとしても、それが考慮されることはない。
2 司法試験予備校と受験者の勉強方法について
(一) 司法試験予備校
 現在、大手とされている司法試験予備校が3、4校あり、各校とも、2年間で試験範囲全体を一通り勉強するコースや1年間で司法試験に最終合格することを目指すコースなどの多彩なコースが用意されている。これらの司法試験予備校は、論点ごとに判例や学説を要領よく整理して、設問やその解答を記載した教材や、過去の試験問題(いわゆる「過去問」)や想定問題とそれらの解答例を集めた問題集などを編さんしており、これらを使用して上記コースの受講者等に受験指導を行っている。また、司法試験に関する情報を掲載した受験情報誌等も発刊しており、考査委員の氏名や顔写真等の情報もこれに掲載されている。
 これらの司法試験予備校は、論文式試験の直前には、考査委員の顔ぶれなどから論文式試験の問題を予想して、直前答案練習会を開催し、受講者に対して模範解答を示している。そして、試験終了後には、出題された論文式試験問題の模範答案を自ら作成し、あるいは、受験者から再現答案を募集し、これに独自の解釈で答案の評価を行い、「A答案」等のランクを付けて、受験情報誌に掲載するなどしている。
 口述試験についても、試験終了後、試験における考査委員と受験者との問答の内容を再現し、考査委員の氏名が判明した事例についてはその実名を明らかにして、受験情報誌に掲載するなどしており、問答の内容が批評や分析の対象とされている。

(二) 受験者の勉強方法
 現在、受験者の多くは、司法試験予備校に通って、受験勉強を行っている。合格者の多くは、大学の1、2年生のころから司法試験予備校に通い始めており、初期は週2日程度のコースに通っている者が多いが、勉強が進むに従って、しだいに司法試験予備校への依存度が高まっていく傾向がある。
 これらの受験者の多くは、受験勉強の開始の当初から、司法試験予備校が編さんした前記教材を読み、論点ごとの判例や学説の状況を記憶していく。そして、それが終わると、過去問等を集めた前記問題集を読んで、解答例を記憶していくという勉強方法を採っている。大学の教科書や基本書と呼ばれる概説書は、参考として見る程度の者も多く、読み通した基本書が一冊もないという者もいる。
 このように、現在の受験者には、論点・解答例暗記型の勉強方法を採っている者が多いのが実情である。
3 第二次試験の解答の現状と受験者の能力判定について
(一) 論文式試験
 考査委員からは、ここ数年の論文式試験の答案について、〈1〉表面的、画一的、いわゆる金太郎飴的な答案が多い、〈2〉同じような表現のマニュアル化した答案が非常に多い、〈3〉答案のパターン化が進んでおり、同じ間違いをしている答案が多い、〈4〉答案のパターンは、大手司法試験予備校の数と同様に、だいたい三つか四つのパターンに別れる、〈5〉各論点ごとの解答例のパターンを組み合わせて書いた答案が非常に多い、〈6〉フレーズや文章の運びが同じものが多く、接続詞まで全く同じ答案があったなどの指摘がされている。
 これは、受験者の多くが、前記のような論点・解答例暗記型の勉強方法を採っており、自分の頭で論理を構成したり、説得的な論述を工夫したりすることなく、覚えた知識を吐き出すだけの答案作成方法を採っていることが原因と考えられる。このような画一的答案の増加のため、受験者の能力判定が年々困難になってきており、合格者数の増加ともあいまって、合格者の質の低下を来しているとの認識が考査委員に共通のものとなっている。
 このような事態への対処として、考査委員の側でも、出題や採点に当たっては、様々な工夫をしており、種々の法律上の問題点を有機的に組み合わせ、全体としての論述構成に工夫を要するような問題を作成したり、また、問題にヴァリエーションを持たせるために、「なお、○○の場合はどうか。」などの付加問を付けるなどしている。しかし、上述のとおり、大多数の受験者が論点・解答例暗記型の答案を作成するため、せっかくの出題の工夫が生かされていないのが現状であり、付加問についても、司法試験予備校の指導等に従ってこれを無視する受験者が少なくないとの指摘がある。
(二) 口述試験
  口述試験についても、論文式試験と同様にパターン化が顕著であるとされており、考査委員からは、〈1〉典型的な論点については、答えることができるが、少し応用的な問題については、全く答えられない者が多い、〈2〉一般の基本書には書かれていないような内容を、一言一句違わずに述べる受験者が増加している、〈3〉自分自身で考えているのではなく、暗記している知識をいかに出すかということのみに終始している者が多いなどの指摘がされている。
二 本件不開示情報が行政機関個人情報保護法14条1項1号ニに該当するか否か(争点1)について
1 論文式試験について
(一) 前記認定事実のとおり、最近の司法試験第二次試験においては、司法試験予備校が編さんした教材を読んで、論点ごとの判例や学説の状況を記憶し、その後、過去問等を集めた問題集を読んで、解答例を記憶するという論点・解答例暗記型の勉強方法を採る受験者が増加しており、その結果として、出題者側の工夫にもかかわらず、答案の画一化、パターン化が進み、受験者の能力判定が年々困難となり、論文式試験を通して各受験者の理解力、推理力、判断力、論理的思考力、説得力、文章作成能力等を総合的に評価して採点をするという論文式試験の選抜機能の低下が生じていることを認めることができる。
 また、前記認定事実のとおり、大手の司法試験予備校は、教材や過去問等を集めた問題集を編さんし、これらを使用して受講者等に受験指導を行っているほか、考査委員に関する情報その他の司法試験に関する情報を掲載した受験情報誌を発刊するなどしており、さらに、論文式試験直前には、試験問題を予想して直前答案練習会を開催し、試験後には、出題された試験問題の模範答案を自ら作成するとともに、受験者から募集した再現答案に独自の解釈で答案の評価を行い、受験情報誌に掲載するなど、高度の情報収集力に基づき、多様な方法を用いて、様々な第二次試験対策を実施しており、受験者に対して極めて強い影響力を有していることが明らかである。
(二) このような状況の下で、論文式試験受験者の科目別得点が開示された場合には、司法試験予備校において、受験者から募集した多数の再現答案と科目別得点との関係を分析し、高得点答案の共通点・パターンなるものを抽出し、論文式試験の予想問題について、それらの共通点・パターンに基づく答案表現例を多数作成して受験者に示すなどの受験指導を行うことが容易に推測されるというべきである。なお、現在でも、論文式試験の科目別順位ランクは、本人からの請求があったときには開示されているが、順位ランクでは1位から2000位までがすべてAランクとされており、Aランクに属する答案の中にも相当のばらつきがあるはずであるから、これを前提とした司法試験予備校における再現答案の分析も概括的なものにならざるを得ないのであって、科目別得点を開示した場合には、これと比較してはるかに詳細な再現答案の分析が可能となる。
(三) また、論文式試験合格者の総合順位を開示した場合においても、高順位者については、各科目とも高得点を得たものと推断されて、上記科目別得点の高得点者の答案についてと同様の状況が生じるであろうことが容易に推測される。なお、現在でも、司法試験第二次試験論文式試験得点別人員表の開示を受け、この表と自分の総合得点とを照合することによって、おおよその総合順位を推計することが可能であるが、受験者皆が上記人員表の開示を受けているわけではない上、具体的に特定された確定的な総合順位そのものの開示を受けることと、総合得点と上記人員表との照合によりおおよその総合順位を推計することとの間には、隔たりがあるというべきである。
(四) そうすると、論文式試験の科目別得点又は同試験合格者の総合順位を開示することにより、受験者らは、ますます、高得点を得たとされる答案の書きぶり、論述の運びなどの外形を模倣することに力を注ぐようになり、その結果として、答案のパターン化、画一化に一層の拍車がかかることは明らかである。そして、論文式試験を通して各受験者の理解力、推理力、判断力、論理的思考力、説得力、文章作成能力等を総合的に評価して採点をするという論文式試験の選抜機能が一層低下し、司法試験事務の適正な遂行に支障が及ぶものと認められる。
 したがって、これらの開示は、司法試験に関する事務の適正な遂行に支障を及ぼすものということができるから、本件不開示決定のうち、これらを不開示とした部分は、適法というべきである。
(五) これに対し、原告は、〈1〉法務省のホームページには論文式試験の出題趣旨が掲載されており、法務省自身が論点中心の勉強方法を後押ししている上、出題趣旨の公表により答案の画一化傾向に拍車がかかるはずであるのに、実際にはそうなっていない、〈2〉口述試験において、受験者の真の理解力、思考力等を事後的に確認することができるなどとして、論文式試験の科目別得点等の開示によって司法試験に関する事務の適正な遂行に支障が及ぶことはない旨主張する。
 しかし、法務省が公表している論文式試験の出題趣旨は、主要な問題点を簡潔に指摘してこれを説明しているものにすぎず、答案に記載すべき具体的な事項や採点基準に関する事項を明らかにしたものであるなどとは到底いえない(甲3により認められる。)。したがって、法務省が論点中心の勉強方法を後押ししているとか、出題趣旨の公表により答案の画一化傾向に拍車がかかるはずであるなどという原告の前記〈1〉の主張は、いずれも当を得ないものというべきである。
また、論文式試験口述試験には、それぞれ別個の観点から、その受験者が法曹になろうとする者として必要な能力を有しているかどうかを判断し、これを有していると認められる者を選抜するという機能があるのであるから、口述試験において受験者の真の理解力、思考力等を確認することができるので、論文式試験の選抜機能が低下しても司法試験に関する事務の適正な遂行に支障が生じないということに帰する原告の前記〈2〉の主張も、失当というべきである。
2 口述試験について
(一) 前記認定事実のとおり、口述試験においても、論点・解答例暗記型の勉強方法を採る受験者が増加した結果として、論文式試験と同様に解答のパターン化が進んでおり、自分自身で考えるのではなく、暗記している知識をいかに出すかということのみに終始している者が多く、典型的な論点については答えることができるが、応用的な問題については、答えられない者が多いことが認められる。そして、試験終了後、再現された考査委員と受験者との問答の内容が受験情報誌等に掲載され、批評や分析の対象とされているという実情がある。したがって、仮に科目別得点が開示されることになった場合には、これらの再現例に対する具体的な得点が明らかになり、高得点とされた再現例をうのみにして無批判に勉学の指針とするなどの風潮が、受験者の間に広がるおそれがあることは、否定することができない。
 しかしながら、口述試験は、論文式試験とは異なり、考査委員と受験者が対面して行われるものであるから、考査委員において、あらかじめ用意した設問のみについて質問をするのではなく、受験者の解答の内容を踏まえて、さらに、応用的な問題について尋ねたり、判例の立場と異なる反対説について尋ねたり、根拠や理由を尋ねるなどの工夫をすることが可能である。そして、実際にも、各考査委員は、このような方法によって、単なる表面的な知識ではなく、受験者の真の理解力、思考力等を評価し、その結果として、法曹としての適格性を判断するという口述試験の目的が達成されているものと認められる(甲13及び弁論の全趣旨により認められる。)。
 このような口述試験論文式試験との差異に照らすと、口述試験においては、解答の画一化、パターン化の進行によって受験者の能力判定が困難になり、選抜機能が低下するという現象が現に生じているとは認め難く、さらに、仮に科目別得点が開示されることになったとしても、口述試験の選抜機能が損なわれるとは考え難く、これを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、この点に関する被告の主張は、採用することができない。
(二) 他方で、考査委員と受験者が対面して行われるという口述試験の特色から、口述試験の科目別得点の開示については、次のとおり、別途考慮すべき事情がある。
 すなわち、前記認定事実のとおり、受験情報誌等において考査委員の氏名とともに顔写真が公表されているため、口述試験を受けた受験者は、自らが受けた口述試験の考査委員を容易に特定することができる。そのため、科目別得点を開示すれば、受験者は、どの考査委員が自分に対してどのような採点を行ったのか、不合格となった場合には、どの科目のどの考査委員の採点によって合格点に達しないこととなったのかを具体的に知ることが可能となることが明らかである。
 仮にそのような状況になったときには、受験者等によって、いたずらに個々の考査委員による採点の適正さ等を問題視し批判するような動きが現れるおそれがあり、殊に口述試験の不合格者によって、低い採点をした考査委員に対していわれのない誹謗中傷がされるおそれがあると考えられる。
 そうなれば、考査委員としても、受験者に対する同情心や受験者に憎まれたくないという人間的な感情にとらわれ、例えば、合否に直接影響するような特に低い採点を行うのをちゅうちょするなど、自由で公正中立な採点を行うという基本的な姿勢に萎縮的な影響を受ける可能性がある。
 さらに、前記認定のとおり、高度の情報収集力を有する大手司法試験予備校は、どの考査委員がどの受験者に対してどのような採点を行ったのかについての個別具体的な情報を集積することによって、同一問題に関する複数の考査委員の採点傾向を比較したり、異なる問題に関する同一考査委員の採点傾向を比較するなど、各考査委員の採点傾向について、検討、分析を行うことが可能になり、その結果、個々の考査委員の採点傾向に関する情報を公表したり、個々の考査委員による採点の適正さ等を問題視し、批判するような動きが現れる可能性がある。
 そのような動きが現れた場合には、各考査委員は、他の考査委員と比較されたり、批判の対象とされることを敬遠して、厳しい採点を行うのをちゅうちょしたり、できるだけ横並びの採点を行おうと意識するなど、自由で公正中立な採点を行うという基本的な姿勢に萎縮的な影響を受ける可能性がある。
 これらのような結果は、考査委員が、自由で公正中立な立場から、受験者の法曹としての適格性を総合的に判断するという、本来の採点の在り方を損なうこととなるというべきである。
(三) これに対し、原告は、〈1〉考査委員のほとんどが学者委員又は実務家委員であり、学者委員も実務家委員も、その本来の職務において、学生あるいは事件の当事者その他の関係者に対する人間的な感情にとらわれることなく、職務を行うべき責任を負っているから、口述試験の科目別得点の開示により、考査委員が、自由で公正中立な採点を行うという基本的な姿勢に萎縮的な影響を受ける可能性はないし、仮にそのような可能性があるとすれば、そのような者は、およそ学者又は法曹としても、考査委員としても、不適格であるにすぎない、〈2〉平成11年度以前の第二次試験にあった、いわゆる法律選択科目の中には、考査委員が二人から四人程度しかいなかった科目もあり、当該科目の受験者は、当該科目につき、自己の答案の採点者及び順位ランクを知ることができ、どの考査委員が自分に対してどのような採点を行ったのかを知ることが可能であったが、これらの科目の考査委員が、論文式試験の採点において、受験者に対する人間的な感情にとらわれ、自由で公正中立な採点を行うという基本的な姿勢に萎縮的な影響を受けた事実は全く見当たらないなどと主張する。
 しかし、司法試験は、国家試験の中でも最難関といわれるものの一つであって、このため、司法試験の考査委員に対する受験者の関心は非常に強く、インターネット上でも考査委員に関して膨大な量の書き込みがされており、不特定多数の氏名不詳者により、実名を挙げて各考査委員の人格や外見等に対する誹謗中傷やいわれのない個人攻撃が日常的に行われている(乙21の1、21の2により認められる。)。これらの中には、考査委員に対する直接的な危害を予告するかのような脅迫的な書き込みすらあり、司法試験に失敗した受験者によって法務省の幹部職員が脅迫を受けた実例も過去にある(乙23の1ないし8により認められる。)。これらによれば、考査委員の心理的負担には極めて重いものがあり、特に、近時は、それが増してきているものと推測される。このような現状にかんがみると、仮に口述試験の科目別得点が開示された場合には、司法試験予備校による個々の考査委員の採点傾向等に関する情報の公表に加え、考査委員に対する誹謗中傷やいわれのない個人攻撃が更に強まるであろうことは必至であって、各考査委員の自由で公正中立な採点を行うという基本的な姿勢が萎縮的な影響を受ける可能性は大きいというべきである。したがって、原告の上記〈1〉の主張は当を得ないものというべきである。
 また、原告の上記〈2〉の主張についても、口述試験は考査委員と受験者が対面して行われるもので、双方とも相手を現実の人間として認識するものであることや、口述試験は合格率3パーセント程度の難関を突破した論文式試験合格者に対して実施されるものであって、不合格となったときの心理的衝撃が大きいことなどの点を考慮すると、原告の主張は、口述試験論文式試験の差異を顧慮しないものであって、失当というべきである。
(四) 以上の点を総合すると、口述試験の科目別得点を開示することは、司法試験に関する事務の適正な遂行に支障を及ぼすものであるというべきである。したがって、本件不開示決定のうち、口述試験の科目別得点を不開示とした部分は、適法である。
三 本件不開示情報が行政機関個人情報保護法14条1項3号に該当するか否か(争点2)について
 本件不開示決定のうち、論文式試験の科目別得点及び総合順位並びに口述試験の科目別得点を不開示とした部分は、前示のとおり行政機関個人情報保護法14条1項1号ニに該当し、適法であるが、審理の経緯に照らし、なお念のためこれらの部分の同項3号該当性についても判断することとする。
1 行政機関個人情報保護法14条1項3号の意義について
(一) 行政機関個人情報保護法13条1項は、本人に対する個人情報の開示を原則として認めているが、開示請求に係る処理情報について開示をすることにより、「個人の生命、身体、財産その他の利益を害すること」になると認められる場合には、行政機関個人情報保護法14条1項3号により、当該処理情報を開示しないことができるとされている。
 すなわち、〈1〉本人に関する情報の中に第三者の情報が含まれており、本人に対して情報を開示すると、第三者の情報も開示されてしまうため、第三者が不利益を受けるとき、〈2〉法定代理人が本人に代わって開示請求をする場合(行政機関個人情報保護法13条2項参照)に、法定代理人の利益と本人の利益が一致しないため、法定代理人に情報を開示すると、本人が不利益を受けるとき、〈3〉本人に情報を開示することが、本人にとって不利益となるとき(例えば、個人情報の中に本人の不治の病気に関する情報があり、本人がそれを知ることにより、健康が悪化するような場合等がこれに当たる。)のいずれかに当たるときには、情報を開示することにより不利益を受ける者があるので、当該情報を開示しないこととする必要がある。行政機関個人情報保護法14条1項3号は、本来、このような事情が認められる場合を不開示の事由として定めた規定と解するのが相当である。
(二) もっとも、行政機関個人情報保護法14条1項3号は、「個人」の範囲について特に限定を加えていないため、当該情報の本人又は当該情報中に含まれる第三者以外の者であっても、当該情報を開示することにより、その利益を害される者がある場合には、同号により不開示とすることができると解する余地がある。
 しかし、そのような者の利益を害することを理由として、不開示とすることができる場合を広く認めると、本人に対する情報の開示を原則として認め、不開示事由を限定的に列挙した法の趣旨が損なわれることになりかねない。
 したがって、そのような者の利益を害することを理由として不開示とすることが許される場合とは、本人又は当該情報中に含まれる第三者の利益を害する場合と同程度に、開示により特定の者の利益を害する具体的な危険が認められる場合に限られると解するのが相当である。
2 論文式試験について
(一) 被告は、〈1〉論文式試験の合格者に対してその総合順位を開示した場合には、結果として、最終合格者について事実上の格付けを行うことになり、優越感や劣等感という望ましくない感情を醸成し、司法修習の教育的目的を阻害する危険がある、〈2〉論文式試験の総合順位は、合格者の法曹としての資質や能力を正確に表すものではないにもかかわらず、総合順位が開示されると、これが個人の能力を表す指標と受け取られる可能性があり、合格者が司法修習を終了した後、弁護士として法律事務所に就職しようとする場合に、論文式試験の総合順位の提示を求められる事態が常態化し、総合順位いかんによっては、就職ができなくなるなどの事態が生ずるおそれがあるから、論文式試験の総合順位を開示すると、開示請求者の利益を害するおそれがある、〈3〉一般のユーザーには、弁護士の法曹としての実力を知り得る分かりやすい指標となるものがないため、単に論文式試験の総合順位が上位であったという事実により、その弁護士が法曹として非常に優秀な実力を備えているなどと判断することが予想されるから、論文式試験の総合順位が広く公開されると、ユーザーとしての依頼者の判断を誤らせる危険性が大きく、ユーザーとしての国民の権利利益を害し、国民に不当な混乱を生じさせる、〈4〉開示請求者以外の法曹も、ユーザーである国民から、法曹としての資質や実力を表す真の指標とはいえない論文式試験の総合順位によって、法曹としての優劣を付けられ評価されるという不利益を被ることになるとして、論文式試験の総合順位の開示が行政機関個人情報保護法14条1項3号に該当する旨主張する。
(二) 確かに、論文式試験の総合順位は、合格者の法曹としての資質や能力を正確に表すものではないから、これを開示することにつき積極的な意義は見いだし難く、他方で、これが開示された場合には、被告が主張するような弊害が生じるおそれもあることは否定し難いというべきである。
 しかしながら、行政機関個人情報保護法14条1項3号の不開示事由に当たるか否かについては、前記1において判示したとおり、その立法趣旨に照らし、厳格に解すべきであって、情報の開示に積極的な意義が見いだし難く、さらに、開示した場合に弊害が発生するおそれがある場合であっても、更に検討が必要と考えられる。
 そこで、このような観点から、被告の前記(一)の主張について検討してみると、前記(一)〈1〉については、論文式試験の総合順位を開示することにより生じる不利益の内容が極めて抽象的で漠然としている上、何人のいかなる利益を害するのかも明らかではなく、的を射ないものといわざるを得ない。また、同〈2〉についても、開示請求者の利益を害する場合とは、開示請求者に対する情報の開示を原則として認めて、不開示事由を限定列挙した法の趣旨に照らし、これを厳格に解するのが相当であり、被告が主張するような抽象的な不利益が発生するおそれがあるというだけでは、同号には該当しないというべきである。さらに、同〈3〉及び〈4〉については、開示により当該情報中に含まれる第三者以外の者の利益を害することを主張するものであるが、被告が主張する者の範囲は極めて広範で無限定であり、害されるとする利益の内容も非常に曖昧で、抽象的な不利益にすぎないというべきであって、このような抽象的な不利益に基づき不開示決定をすることは許されないというべきであるから、被告の主張は失当である。
(三) 以上のとおり、論文式試験の総合順位の開示が行政機関個人情報保護法14条1項3号に該当する旨の被告の主張は、いずれも採用することができない。
3 口述試験について
(一) 口述試験の総合順位について
 口述試験の合格者の総合順位を開示すると、最終合格者の中に事実上の序列を付ける結果になり、それが個人の利益を害することとなるので、行政機関個人情報保護法14条1項3号に該当する旨の被告の主張は、論文式試験の総合順位の開示について既に判示したのと同様に、失当というべきである。
(二) 口述試験の科目別得点について
 口述試験とは、受験者の解答内容を考査委員が総合的に評価し、採点基準に従って一定の得点を付するものであるから、開示請求者本人である受験者に関する口述試験の科目別得点という情報の中には、第三者である考査委員による評価に関する情報が不可避的に含まれていることになる。
 前記認定事実のとおり、司法試験予備校等が発刊する受験情報誌には、考査委員の氏名と顔写真が掲載されているため、口述試験を受けた受験者は、自らが受けた口述試験の考査委員を容易に特定することができる。そうすると、口述試験の科目別得点を開示した場合には、受験者は、特定の考査委員によって付された点数を知ることができることとなり、既に判示したとおり、再現問答を基にその具体的な得点の当否を事後に批判、批評し、考査委員の人格を攻撃するような事態も生じ得るところであって、考査委員の名誉等の人格的利益が害されるおそれもあるといわざるを得ない。
 しかしながら、これは抽象的なおそれがあるというにすぎず、口述試験の科目別得点の開示により、前示のとおり考査委員個人に対する批判、中傷が生じ得るとしても、それが考査委員個人の名誉等の人格的利益を害することになる可能性、頻度がどの程度あるのかは、本件の全証拠を見ても、不分明である。そうすると、口述試験の科目別得点の開示が、行政機関個人情報保護法14条1項3号に該当するという被告の主張は、採用することができない。
四 まとめ
 以上のとおり、本件不開示決定のうち、論文式試験の科目別得点及び総合順位を不開示とした部分並びに口述試験の科目別得点を不開示とした部分は、行政機関個人情報保護法14条1項1号ニに該当するから適法であるが、口述試験の総合順位を不開示とした部分は、同項1号ニ又は3号のいずれにも該当しないから違法である。
五 結論
 よって、原告の請求は、本件不開示決定のうち、平成11年度口述試験の総合順位を開示しないとした部分の取消しを求める部分については理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法64条本文を適用して、主文のとおり判決する。
民事第38部