可成り広い山林の境界線ないし面積を調査させることも現代の伊能忠敬が存在すれば格別、そうでなければ不可能を強いるもので、登記事務の渋滞を招くことにもなるとした事案(岐阜地高山支判昭和57年8月24日判時1071号120頁)


(概ね、公図がない中で、山林の分筆登記申請がされた事案で、登記官が実地調査をせずに漫然と登記を受付け、それが実測とは1000倍も異なっていたから、これを信じて購入して大損をしたとして国賠を請求した事案)


 そうすると、右登記官石神力は前述の第三項三(二)(1)の昭和三七年一〇月八日民事甲第二、八八五号民事局通達及び準則第一一一条(旧第一〇九条)に準拠して審査をし、これに従って各登記を実行したものであることが判る。
 然し、右登記所には未だ法第一七条所定の地図が存在しないことは顕著な事実であるから、分筆登記手続申請をする側もこれを受理する側も結局は旧来の絵図に頼らざるを得ないところであり、又これを頼りに求積が不正確だとしても実地調査をすることは何らの意義もなく、又右登記所をして人跡まばらな本件(一)ないし(四)土地のような可成り広い山林の境界線ないし面積を調査させることも現代の伊能忠敬が存在すれば格別、そうでなければ不可能を強いるものといわなければならず、そのようにすることが却って同登記所に後続する登記事務の渋滞を招くことにもなるのである。
 そして又、右のような取扱いであっても、当時の状況としてはその各筆の土地の位置、形状、境界線等の大略は図面上は明らかになったものというべく、その程度の公示としては機能しているから、これを以て満足せざるを得ないのである。
  三 観方をかえれば、法第一七条所定の地図以外には公図上に表示された区画がそのまま現地での大きさを必らずしも現わしていないことは一般的に認められているところであって(それ故に我国の不動産取引については意思表示を以てその効力発生要件とし登記はこれを物件変動の成立要件ないしは効力要件ではなく対抗要件とするにとどめ、又登記に公信力を与えていないことも右登記制度の現状と関係がある)、右以上の土地の位置、形状、境界線等の詳細は、これら土地の取引に係る当事者が実際に現地を踏査して筆界標識、境界木(石)等の物証や、隣人ないし古老らの人証によって確認の上これを行うべきことは取引上の常識といってよいところ、右登記制度の不備を見越し、原告らに本件(一)ないし(四)土地を売渡したとされる訴外亀井拾光が、公簿上の面積と実際の面積との齟齬があることを奇貨として故意に右各土地を原告らに売渡そうと企図したならば、原告らとしては(殊に原告衣浦不動産及びその代表者でもあった原告加藤久吉は不動産業者であることが《証拠省略》によって認められるところから右両原告にとっては尚更である)そのような考えに乗ぜられることなく右の常識を弁えて現地の確認をした上で買取の交渉をすべきであったのに、原告加藤久吉は昭和四一年一二月下旬訴外亀井拾光らの案内で現地附近へ赴いたが降雪の為これらを確認しないままであったことが《証拠省略》によって窺えるところであり、又、原告新東鋳造にもそのような形跡はなく、若し原告らがその主張のような損害を蒙っているのならば、それはそのような不誠実をした訴外亀井拾光の欺罔手段に直接乗ぜられた損害というべきものである。従って、その責は貰えるものは貰っていずれへかに遁走した同訴外人がこれを負うべきものであるのに、これをさしおいて被告国に対してその責任を転嫁するのは登記官ひいては国に不可能を強いるものといわざるを得ない。