有名芸能人がテレビ番組等で公開していたAVマニアとの性的趣向と同一性を有する記事の大半につきプライバシー侵害を否定したが、ビデオ店の防犯カメラ映像の公表は、肖像権侵害と同時に,その人格的利益を侵害したといえるとした事案(東京地判平成18年3月31日判タ1209号60頁) #判例

被告らは,平成17年3月15日,次の内容の記事及び写真を掲載した週刊誌「甲」同月29日・同年4月5日号(証拠番号略,以下「本件週刊誌」という。)を発売した。本件週刊誌の発行部数は41万8053部であった。
 ア (1)本件週刊誌の表紙において,「爆笑!超恥ずかし〜流出 乙丙ちゃん『AV』物色中だッ!」と記載した上,本件週刊誌13頁において,(2)「超ハズカシ〜 乙丙ちゃん 歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との見出しを記載した。
 イ 前記見出しの下に,防犯カメラとしか考えられないビデオカメラに映った人物の写真4葉(以下「本件写真」という。)を原告の姿であるとして掲載した。
 ウ 本件写真の説明として,(3)「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」との「(ビデオ関係者)」の発言記事と,(4)「AVへの並々ならぬこだわりが伝わってくるが……。」「『AVマニア』を公言する丙(41)」などとの記事を掲載した。
 エ (5)同ビデオテープの所有者の談話として,「歌舞伎町にある,丙ちゃんが常連にしている店だね。この日は夜11時過ぎ,ジャガーに乗って来店すると,SMモノを物色して,結局,女子高生の制服モノ1本を買っていったんだ。」との記事(以下,以上の(1)ないし(5)の各記載について,「本件記事(1)」というようにいい,(1)ないし(5)の各記載を併せて「本件各記事」ともいう。)を掲載した(本件写真及び本件各記事の内容については当事者間に争いがなく,発行部数については,約42万部という限度では当事者間に争いがなく,41万8053部であることについては,証拠番号略)。

(中略)
 1 争点(1)ないし(3)について判断する前提として,第2・1記載の事実に,証拠(証拠番号略)を総合すれば,次の事実が認められる。
 (1)ア 原告は,テレビ番組「丁」で放映されたとの対話を主たる内容とする本件書籍(証拠番号略)を戊と共著したところ,本件書籍には,アダルトビデオを見てみたいとの視聴者からの相談に対する回答として次の記載がある。
「丙 …ハハハハ。何が恥ずかしいんでしょうね。」,「丙 僕,そういうの,あんま恥ずかしいっていうのは……。」「戊 AVコーナー1人で入って,こうやってずーっと,棚,見んの?」「丙 全然見れますよ。大人のオモチャ屋とかも全然1人で入りますよ。」,「戊 1人で入って,買えんの?」,「丙 全然買えますね。あの,SMのピンポン玉に穴開いてるみたいな,こうやって口にくわえなあかんヤツ,あれ,大人のオモチャ屋で買うてこい言われたら,全然もう普通に買いに行けますよ(笑)。」「丙 …別に恥ずかしくないでしょう。」,「丙 どうしてもエロビデオが見たくてね。…」,「丙 で,レンタルで借りてくるんですけど,見るデッキが置いてないんですよ,フロントに。ほんでもう,しゃあないからテレビデオ買って。」,「丙 14型ぐらいのテレビデオ,カバンに詰めて,グワーッ担いで(笑)。フロントにばれんように必死なんですよ(笑)。」

(中略)

 2 争点(1)について
 以上の認定事実を踏まえて,まず争点(1)について判断する。
 (1)ア 日本国憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定し,個人尊重の原理を規定している。憲法の規定の性質上,同条は直接的には公権力に対する関係で定められたものではあるものの,個人の尊厳は人類普遍の原理であるから,私人間の法的関係においても,他人がこれを侵すことは許されず,そうした行為があった場合には,侵害を受けた個人は,その差止めを求め,被った損害の賠償を求め得ることは明らかというべきである。そして,個人尊重の原理からは,個人が自律的に社会領域の形成をすることを尊重することが求められるのであって,その自律的に形成される個人領域は,公権力はもとより,第三者からの侵害を許さないもので,その立入りが禁止される。こうしたことから,個人は,その自律的に形成した個人領域に関しての情報を第三者に秘密にしておく権利を有すると言え,これがプライバシーの権利の一内容を形成するものと評価し得る。
 他人に知られたくない私的な事柄をみだりに公表されないという利益であるプライバシーの権利は,法的には以上のように導かれるところ,それが保護されるための要件としては,(a)公表された事実が私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であり,(b)一般人の感受性を基準にして,当該私人の立場に立った場合,公開を欲しないであろうと認められる事柄であること,(c)一般の人々に未だ知られていない事柄であることが必要であると解するのが相当であって,そうした要件を具備した場合には,その侵害行為の差止めや侵害行為によって受けた損害の賠償を求め得るなど一定の法的保護が与えられると解される。
 イ この点について,原告は,プライバシーの権利が他人に知られたくない私的な事柄をみだりに公表されないという利益を含むことは認めつつ,さらにプライバシーの権利の法的性質を自己情報コントロール権と解し,これによれば非公知性の要件は不要ないし希薄化していると主張している。
 この点,情報社会の発展に伴って,プライバシーの権利の内容を,みだりに私生活に干渉されず,また,みだりに私生活上の事実を公開されない権利として理解するにとどまらず,自己に関する情報をコントロールする権利と理解する余地がないわけではない。
 しかしながら,プライバシーの権利を原告の主張するように自己に関する情報をコントロールする権利と理解すると,著名人が自己の氏名,肖像,姿態等の利用をコントロールする財産権と位置付けられ,その侵害に対しては通常,金銭的な填補で回復が可能で,侵害行為の差止請求権までは認め難いパブリシティの権利との外延が明確でないなどの問題が生じ得る。その上,上記のとおりプライバシーの権利の内容を把握したとしても,プライバシーの権利が重要な人格的利益として民事上保護される根拠は,前記アのとおり,個人尊重の原理から,個人の私生活上の平穏を確保し,当該個人の自律的に形成される個人領域を保持することを本質とすると解されるところ,既に当該個人が当該自己情報を自ら公表していた場合には,自らの私生活上の平穏を確保し,自律的に形成される個人領域を保持する上で,当該自己情報を秘匿する必要がないと判断し,その秘匿性をいわば放棄したものと解するのが自然であるから,かかる情報については,前記プライバシーの権利の趣旨に照らせば,法的保護に値しないと解するのが相当である。
 (2)以上検討したプライバシーの権利についての見解を前提に,争点(1)について理由があるかどうか判断する。
 ア まず,原,被告間においては,本件各記事の内容が前記プライバシーの権利の保護要件である(c)一般の人々に未だ知られていない事柄であるか否かについて,争いがある。
(ア)この点,先に認定したとおり,本件書籍等には,原告がしばしばアダルトビデオを好んで鑑賞しており,そのために自らアダルトビデオ店に出向いて借りることもあるけれども,そのことを何ら恥ずかしいとは感じていないなどといった内容が含まれている。
 これに対して,本件各記事の内容は,(1)本件週刊誌の表紙において,「爆笑!超恥ずかし〜流出 乙丙ちゃん『AV』物色中だッ!」と記載され,(2)本件週刊誌13頁において,「超ハズカシ〜 乙丙ちゃん歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との見出しの記載,(3)本件写真の説明として,「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」との「ビデオ関係者」の発言記事と,(4)「AVへの並々ならぬこだわりが伝わってくるが……。」「『AVマニア』を公言する丙(41)」との記載,(5)本件ビデオテープの所有者の談話として,「歌舞伎町にある,Xちゃんが常連にしている店だね。この日は夜11時過ぎ,ジャガーに乗って来店すると,SMモノを物色して,結局,女子高生の制服モノ1本を買っていったんだ。」との記載からなることは,第2・1記載のとおりである。
(イ)このうち,本件記事(1)ないし本件記事(4)については,前記本件書籍等において原告が公表した事実と比べると,本件記事(2)において「歌舞伎町」と本件ビデオ店の所在地を具体的に記載しているほかは,ほぼ同一の事実の記載である。(略)本件記事(1)ないし本件記事(4)の内容が未だ一般の人に知られていない事柄とまでは言い難いというべきである。
(ウ)a 一方,本件記事(5)は,本件ビデオテープの所有者の談話として,原告が歌舞伎町に所在する本件ビデオ店の常連であること,本件写真が撮影された当日の原告の来店時間,原告が興味を示したアダルトビデオの種類及び原告が購入したアダルトビデオの種類について明らかにするものであって,本件書籍等の内容をより具体的に詳細化した内容といえる(なお,本件記事(5)は,本件ビデオテープの所有者の談話として記載されているところ,上記所有者の氏名や本件ビデオ店の経営主体との同一性などその属性は明らかでなく,本件各記事の読者をしてその上記所有者が本件記事(5)の内容の発言をしたという事実を超えて,その発言内容が真実である旨思わしめるものというべきである。)。
 そして,原告がその陳述書(証拠番号略)で指摘するように,男性がアダルトビデオに興味を示し,これを鑑賞すること自体は一般的事象として受け止める余地はあろうが,具体的にいかなる種類のアダルトビデオに興味を示して購入しているかなどといった具体的事実については,当該個人の性的趣向までも窺わせる事項ともなり得ることからすれば,自己の最も私的な事項に属するものとして相当程度秘匿性の高い情報と解される
 (中略)
 エ 以上によれば,本件記事(1)ないし本件記事(4)は未だ公になっていない事実とは認められないから原告のプライバシーの権利を侵害したとはいえないものの,本件記事(5)は原告のプライバシーの権利を侵害するというべきである。

 3 争点(2)について
 (1)人は,私生活上の自由の1つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものと解される。もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許される場合もあり,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当である(最高裁判所昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,最高裁判所平成17年11月10日第1小法廷・裁判所時報1399号15頁参照)。
 そして,掲載された写真自体からはその被写体である人物の容ぼう等が肖像権侵害を訴えている当該個人の容ぼう等であることが明らかでない場合であっても,写真の説明文と併せ読むことによって読者が当該個人である旨特定できると判断される場合や読者が当該個人であると考えるような場合には,撮影により直接肖像権が侵害されたとはいえないものの,当該個人が被写体である人物本人であったか否かにかかわらず,当該個人が公表によって羞恥,困惑などの不快な感情を強いられ,精神的平穏が害されることに変わりはないというべきであるから,やはり撮影により直接肖像権が侵害された場合と同様にその人格的利益を侵害するというべきである(以下,このような人格的利益を「肖像権に近接した人格的利益」という。)。
 (2)これを本件について検討するに,証拠(証拠番号略)によれば,本件写真の人物の容ぼう等はいずれもやや不鮮明であることが認められ,本件写真の人物が原告である旨本件写真自体から特定できるとまでは言い難いけれども,前記認定事実及び証拠(証拠番号略)によれば,本件写真には,その右下部分に本件写真の説明として,本件各記事,すなわち「乙の丙ちゃんがAVを買っているところを撮ったビデオが流出してるんだ。映像は鮮明ではっきり本人ってわかるよ」(ビデオ関係者),「『AVマニア』を公言する丙(41)とはいえ,…」との記載があること,上部には「乙丙ちゃん」「歌舞伎町アダルトビデオ物色中!」との記載があることが認められ,これらの本件各記事の記載と併せ読めば,本件週刊誌の読者は,その真偽はともかく,本件写真の人物がいずれも原告であると考えるというべきである。
 また,本件写真は,帽子を目深にかぶった男性が腕組みをした状態で店内の陳列棚をながめている様子を撮影した写真3葉,女性らしき人物が写っているアダルトビデオのパッケージを手にとって眺めている写真1葉から構成されているところ(証拠番号略),本件写真の撮影は,その写真の人物の視線等からいって,当該人物の撮影に対する事前の了承が得られていると認められず,他にこれを覆すに足りる証拠もない。
 そして,本件写真の撮影態様及び入手経緯については,原告が訴状で本件写真がビデオショップの防犯カメラとしか考えられない角度・精度で撮影されていると主張していたのに対し,被告らは,平成17年10月3日付け準備書面(2)において「なお,本件写真の元となったビデオがその撮影位置などから,防犯ビデオであろうと思われることについては特段争うものではない。」としている。
 以上の事実からすれば,本件写真が本件ビデオ店の店内に設置された防犯ビデオによって撮影された映像であると認められる。そして,被告会社は,この映像を本件ビデオ店経営者などから直接又は間接的に本件写真を入手したものと解されるが,原告において,店内に設置された防犯ビデオによって姿態が撮影されるであろうことは予想されたとしても,その映像が被告会社の手にわたって本件週刊誌に掲載されるであろうことについては到底予想しうるものとは言い難い。
 (3)証拠(証拠番号略)によれば,本件写真は,本件各記事と相俟って帽子を目深にかぶった原告がアダルトビデオを購入するためにアダルトビデオを選んでいる様子を撮影したものと認められるところ,原告とされる人物が帽子を目深にかぶっていることからすれば,第2・1記載のとおり,原告が著名な芸能人であることを鑑みても,撮影の対象となった原告とされる人物が本件ビデオ店でアダルトビデオを物色する姿を目撃されることを欲していないことが窺われる。
 また,そもそも防犯ビデオについては,当該店舗内等がビデオ映像が撮影されていることを同所を訪れた者が認識することにより犯罪行為を行うことを抑止する効果を期待するとともに,同所において犯罪行為が行われた場合には,その映像を捜査機関に提供するなどすることにより犯罪者の検挙に資することを主たる目的とするものであって,その撮影された映像が写真週刊誌等に公開されることを予定しているものではない
 さらに,証拠(証拠番号略)によれば,本件週刊誌には,見出しとして「爆笑!超恥ずかし〜流出」「超ハズカシ〜」との記載があることが認められ,被告らとしても,本件写真を公開した場合に,原告が羞恥心を覚えることは十分に認識していたものと認められる。
 以上の事実を総合考慮すると,本件週刊誌に本件写真を掲載して公表する行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,原告の肖像権に近接した人格的利益を侵害するものであって,不法行為上違法であるとの評価を免れない。