ニフティの運営する掲示板に、電話帳に公開されている原告の氏名、職業、原告が開設する診療所の住所及び電話番号を載せたことはその意に反し通常公開を欲しない情報を公開するプライバシー違反として損害賠償を認めた事案(神戸地判平成11年6月23日判時1700号99頁) #電話帳

1原告は、眼科医として個人で診療所を開業している者である。
2原告と被告は、いずれも、平成九年五月頃、二フティの会員で、ニフティの運営するBBS(ブリティンボードシステム)と呼ばれる掲示板システム(以下「掲示板」という。)の利用者として登録され、日常的に掲示板を利用してきた。掲示板は、ニフティの会員であれば、誰でも、全国各地がらアクセスして見ることができるものである。
3被告は、平成九年五月一七日未明、別紙記載の内容の掲示(以下「本件掲示」という。)を掲示板に掲載して一般に公開した(以下、この行為を「本件掲示行為」という。)。
4本件掲示には、原告の氏名、職業、原告が開設する診療所の住所及び電話番号(以下「本件個人情報」という。)が記載されているが、それらは、医師会名簿には掲載されているものの、ネットの参加者に対しては公開されていない情報であった

(略)

一 争点1(本件掲示行為の違法性の有無)について
1(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(一)原告は、ニフティの会員として、自己の氏名や「こう」や「甲」のハンドルネームで、掲示板等を日常的に利用していた。その際、原告は、妹のIDを使用したこともあった。
 他方、被告も、ニフティの会員として、複数のIDを使用して日常的に掲示板を利用していた。
(ニ)ネット上では、一般に個人の氏名だけが公開され、その氏名やハンドルネームで発言を行い、それ以上の個人情報は公開されない扱いであった。
(三)原告は、平成八年末ころから、自己の意見や雑感等を掲示板に掲載したり、他のニフティ会員にメールで送るなどしていたが、その中で、乙川花子(以下「乙川」という。)に対して、「気違い花子」、「馬鹿女」などという侮辱的な表現を用いるなどして、中傷、罵倒するような内容のメールを送ったりし、他の会員の中には、そのような原告の態度に反発する向きもあった。
(四)被告は、本件掲示行為前から、乙川とメールのやり取りをし、乙川から、原告が作成した右のようなメールに対する対処方法を相談されていた。また、被告は、本件掲示行為前、原告から直接、原告の氏名と「こう」というハンドル名とが併記された通信文を受け取ったことがあった。そのような状況の下で、被告は、本件掲示をしたものである。
(五)本件掲示当時、本件掲示に記載された原告の診療所の住所及び電話番号は、NTT作成の地域別の職業別電話帳に広告掲載されていた。しかし、原告は、右診療所の住所や電話番号をネット上で公開したことは一度もなく、その公開を被告を含む他の者に承諾したこともなかった
(六)本件掲示は、その掲示後間もなくニフティの知るところとなり、同社によって掲示板から削除された。
(七)本件掲示がされた当日の平成九年五月一七日(土曜日)、原告の診療所(原告の自宅とは別の場所)に、正体不明の第三者から、診療時間中である午前八時三〇分ころから午後三時二六分ころまでの間に、合計三四回の悪戯電話と思われる不審な電話(無言電話や二ないし四回の呼出音のみで切れたものを含む。)が架かってきた。その中には、若い男の声で「丙さんですか。ガハハハハ」というもの(午後一時二五分)、年寄りの声で「テイです。」というもの(午後一時三〇分)、若い男の声で「ボカワです。居留守を使わないで下さい。」(午後二時〇九分)、大阪弁のやくざっぼい男の声で「今回の二時ころパソ通の友人がお前のところの乙ともめ事起こしたみたいだな。来週月曜日に乗り込んで行くから、何時からやっとるか教えろ」というものが含まれていた。
 また、翌々日の同月一九日(月曜日)には、同様に、診療時間中である午前九時四〇分ころから午後三時五二分ころまでの間に合計一〇回の悪戯電話と思われる不審な電話が架かってきた。
 原告は、同日、NTTの悪戯電話撃退サービスを受ける手続をしたところ、右サービスが開始された同日午後四時ころからは、右のような電話は架かってこなくなった。
 さらに、その後数日内に、原告の氏名を騙って通信販売の商品が注文され、それが原告の診療所に配達されてきたことが三回あった。原告は、その受領を拒否したが、その対応を余儀なくされた。
2「他人に知られたくない個人の私的事柄をみだりに第三者に公表されない」という個人の利益は、人格権に包摂されるプライバシーの権利として、法的に保護されるべきである。そして、右保護されるべき利益の性質上、その保護の要件として、公表された事柄が、(1)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、(2) 一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、(3) 一般人に未だ知られていない事柄であることが必要とされるものと解される。
3そこで、右の観点から、本件掲示行為が原告のプライバシーを侵害するものかどうかにつき検討する。
(一)原告は、自宅住所とは別の、本件掲示に記載された場所に眼科の診療所を解説している医師であり、その氏名、職業、診療所の住所及び電話番号は、NTT作成の地域別の職業別電話帳に広告掲載されている。したがって、右原告の氏名、職業、診療所の住所・電話番号は 原告の業務の内容からして当然に対外的に周知されることが予定されているものといえるから、必ずしも純粋な私生活上の事柄であるとはいい難い面がある。
 しかし、人の正当な業務の目的のために、その目的に係るものであることが明白な媒体ないし方法によって当該個人の情報が公開されている場合には、その個人情報は、右業務と関係づけて限定的に利用され、右業務とは関係のない目的のために利用される危険性は少ないものと考えられ、右公開者においては、そのように期待して、右公開に係る個人情報の伝搬を右目的に関わる範囲に制限しているものといえる。そして、右のように、個人の情報を一定の目的のために公開した者において、それが右目的外に悪用されないために、右個人情報を右公開目的と関係のない範囲まで知られたくないと欲することは決して不合理なことではなく、それもやはり保一されるべき利益であるというべきである。そして、このように自己に関する情報をコントロールすることは、プライバシーの権利の基本的属性として、これに含まれるものと解される。
 原告の氏名、職業、診療所の住所・電話番号の右電話帳への掲載は、右電話帳作成の目的及びその掲載内容に照らし、原告においてその掲載に係る個人情報の伝搬の範囲を診療所営業に関わる範囲に制限しているものであるといえる。
 したがって、その限りで、右電話帳に載された原告の個人情報は、なお、私生活上の事柄としての側面も有するものと認められる。

(ニ)また、ネット上の掲示板は、ニフティの会員でさえあれば誰でも見ることができるというもので、一定の情報を不特定多数の者に簡易迅速に伝達できるという性格を有し、そのようなネット上の掲示板の特殊な性格を考えれば、本件のような個人情報のネット上の掲示板における公開は、それを特に眼科医による診察を希望する目的など全くない多数の者にまで簡単に目にすることのできるようにするものであって、右電話帳に掲載される場合とは比較にならないほど大きな、悪戯電話や嫌がらせ被害発生の危険性をもたらすおそれがあるものと認められる。
 そうであるとすれば、原告がネット上で使用していた原告の氏名についてはともかく、原告の職業、住所・電話番号については、それが右電話帳に掲載されていることを考慮しても、それをネット上の掲示板において公開されることまでは、一般的にも欲したりしないであろうと考えられるし、また、右電話帳の記載の検索は、通常、眼科医の診療を希望する者がその診療所を探すという目的で利用するという特定の場合にすぎないと解されるから、右職業、診療所の住所・電話番号は、一般人には未だ知られていない事柄であると解するのが相当である(これらのことは、地域別の職業別電話帳のすべてがCD−ROMに収められ、全国的規模の検索が可能である場合であっても同様である。)。
 そして、原告は、本件掲示がなされる以前に、自己の氏名はネット上において明らかにしていたが、自己の職業、診療所の住所・電話番号はネット上で公開したことは一切なかったのであり、これからすれば、原告は一貫して自己の職業、診療所の住所・電話番号はネット上公開しない意思を有していたものと推認される。
 したがって、右原告の職業、診療所の住所・電話番号は、一般人の感受性を基準にして、原告の立場に立った場合、公開を欲しない事柄であり、かつ、一般人に未だ知られていない事柄に該当するというべきである。
(三)以上から、被告の本件掲示は、原告のプライバシーをその意思に反して公表するもので、原告のプライバシーを侵害するものといえる。
4そして、被告は、本件掲示行為前に、原告からメール等により中傷、罵倒されたりした乙川から相談を受けるなどしていた状況の下で、他の誰も掲示したことのない前記原告の個人情報を掲示板上に掲載したものであって、被告の本件掲示行為の時期、背景、その内容等に照らせば、被告の本件掲示行為には何ら正当な理由は認められないだけでなく、被告は、原告に反発を示すニフティ会員が、被告の開示した原告の個人情報を利用して原告に対する攻撃的対応(原告がその後実際に受けたと認められるような嫌がらせ電話等を含む。)に及ぶことも十分ありうることを認識、予見して、本件掲示をしたものと推認される。
 したがって、被告の本件掲示行為は、原告のプライバシーを侵害する違法なもので、それは被告の故意に基づくものであり、不法行為を構成するものというべきである

電話契約者がNTTに対し電話帳に氏名、電話番号、住所を掲載しないよう明確に要求したのにこれらを掲載されたことがプライバシー侵害に当たるとして慰謝料請求が認められた事例(東京地判平成10年1月21日判タ1008号187頁) #電話帳